ぴょん記

お暑うございます。

『エコノミカル・パレス』

 ちょうど今世紀に入りそうな時期の、つまり、いまを遡ること約20年前の東京で、主人公と年下の彼氏は同棲生活を送っている。主人公の年のころは、34歳。「よい大学の文学部東洋哲学科」を卒業して、ライターの仕事と飲食業のアルバイトを兼業している。彼氏は、定職に就いていたがやめてしまい、失業保険の給付を待っているが、鳥取からきた居候のカップルが転がり込んできたりして、ふたりの貧乏暮らしは加速する。具体的な品物の値段や、不足している金額が、かなり克明に執拗に記された小説である。おそらく、昭和60年に昭和38年当時のおのれの消費生活を振り返った主婦が抱いたであろうと同じ感慨をわたしたちはもつことができない。すなわち、『あのころは、手の届かないものが多かったけど、いまなら買える。』と、全体としての経済成長を個人的に味わうことはおそらくできないのだ。わたしたちは、2000年と同じように、2022年も、コンビニエンスストアで買い物をするときは、わりと控えめに品数を絞るようにしているし、不慮の電化製品の買替えで諭吉が3人、あるいは5人と財布から旅立っていくときには2000年当時と同じくらい切ない思いをしている。物価だけこのごろ勝手にひとりで伸びているようだが、長らく物価も賃金もグラフの横軸の重力に素直に従っていたのだ。

 この主人公は、終末の5分の1に達するまでは、少し無頼なところはあるけれども、基本、聡明で一分の侠気もある、まだ若さを残した女性である。ところが、ある人物との出会いをきっかけにして、身体を触らせたりチップを握らされたりして、銀行の預金残高が小刻みに増えるのを楽しみにするようになる。彼女をそのように変えていったのはいったいなんだったのか。あるいは、なにとなにだったのか。

 ぼくらの側の世界が、9.11同時多発テロも、東日本大震災も、COVID-19の感染蔓延も、いまだ知らない時期の、ふつうの女性の何ヶ月間かの話だ。