ぴょん記

寒いのは好き、そして春も待ち遠しい

それほど早くは回復しない夏の疲れは

 京都では、美々卯で冷たい蕎麦に天ぷらを添えた定食を注文するのを楽しみにしていた。これは、2月にたぬき蕎麦を食べたときに決めていたことで、いくら暑くても万全の体調で伊勢丹の上のレストラン階に向かうつもりでいた。

 しかし、昨日の日帰り、朝食は行きの車内で岐阜県各務原市で作られた小さな餡ドーナッツ、税込140円で済ませ、昼は岡崎のスターバックスで小さめのジャムの入ったパイを食べただけである。帰りに西利のおつけものを2袋買って、東京駅で幕の内弁当を調達した。それさえ、自力で食べられたのは70パーセント以下だった。

 ややせつない感じである。東京でも、暑い日の外出ではわりとすぐ心が折れるけれども、早い話がバスなりタクシーなりで家に帰ってしまえば済む。それが、京都では、セッカクキタノダカラ、と綺麗なものを見たがり、おいしいものを食べたがる。その「折角」が我ながらいじましく、京都だからとがんばってなにかしようという心もちがせつないのである。京都がですね、もしも、ここから千葉市くらいの距離にあったら、もすこし気楽なのに。

 きょうの昼も食べられなかったが、夜、8貫入りの寿司折りの7貫までは食べられた。さすがに今回の暑さ負けも少し回復したようである。

 

 

 

 髙島屋がチャリティで売っていた信三郎帆布のバッグに、鷲田清一先生が本棚の絵のプランを出されたのは、こういうなれ初めだったのかと感心するエピソードがあって面白い。そういえば、今回、祇園ボロニヤにも寄らなかった。