ぴょん記

きょうからしばらく雨降る日々

ツイッターに選書され

 たまにはツイッターで流れてきた本の紹介にしたがってみようかと。ただし、新しく買った上から3冊については、まだほとんど読んでいない。手持ちのリーディンググラス(老眼鏡)は、ごく弱いのから+3.0まで何本かあるけれど、このごろどれを掛けても読んだり書いたりし終えた瞬間に外したくなる負荷の強さで。これは、眼鏡屋さんに行かなくては読書もおぼつかぬなり。

 

 

 「少しばかり勉強ができるより、お友達がいっぱいいたほうがお母さんはうれしい。」とは、たびたび言われたこと。そのために、お友達を得るための努力を少しはしてはみたけれど、単独でいるほうが圧倒的に楽であるとけっこう早いうちに気付いていた。誰と一緒にいても、後ろめたさや申し訳なさが時間を追うごとに募ってくるから。ただし、わたしが長くひとりでいることが、母をはじめとする家族には、実に体裁の悪いことであるらしかったので、その恥の意識だけ内面化して苦しんだ時期もあった。いくら寝食をともにする血縁者とはいえ、ハズカシイという感情まで共有する謂れはなかったものを。

 そのように苦しむような無駄な時間がもっと少なければよかったのに。まあ、これも、人生。

 

 文章術の本であるのみならず、一巻のミステリとしても成立しているという本らしい。

 

 わたしが日本語で文章を書いていてとくにわからなくなるのは、たとえば副詞の位置や目的語の配置で、それからどこで「、」で区切るのが正しいのかどうかもかなり怪しい。文章を書いているうちにあたまに浮かぶのは、語の順序についてはあまり注意を払わない四歳児ががんばっておしゃべりしているような印象だ。

 先日、文化庁の出した一種の文章読本を読んで、自分のあたまの中身を相手のあたまの中にできるだけもとの形を歪めることなく投影する技術という意味で、文章術をいまいちど勉強したいと思った。

 

 

 この本の著者は、競争法の先生です。学生時代に白石先生の教科書にはたいへんお世話になりました。白石先生は、このごろツイッターにも参加されたようで、電子的方法による謦咳に、間接的にせよ触れられる機会を与えられたのは、ありがたいことです。

 

 

 

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