流れてきたツイートに、こんな趣旨のものがあった。曰く、「ラストベルトの小さな町に住む、それほど学歴*1が高いわけでもなく、さしたる資産ももたず、何十年か工場で働いていまは年金暮らしの女性が、トランプが再選を果たしたことで暮らし向きがきっとましになると、涙を流して喜んでいた。」というものだ。アメリカ合衆国の庶民、中より下の所得区分に属する人々は、物価高騰に手ひどく痛めつけられるあまり、現在の生活が少しでもましになることにより重い価値を置いているとか。毎週、A4クラスの牛肉を食べている人がA5のステーキを注文したいと望むのではなく、病気にならない程度に必要な量の生鮮食料品、とくに新しい野菜を買える程度の生活の余裕がほしいと訴えているのだ。
ツイートは続く。だから、「無知な人々が勢いで投票したとは思わないで。」と。トランプ氏を選ぶ方向で投票を行ったのは、経済的にけっして強いわけではない人々が自分の生存を賭けてしたことだから、その選択を支持できないにしても選択の重みは受け止めてゆめ蔑ろにはしないでほしい、と。
いま、「インバウン丼」という、一膳が5000円くらいする海外からの観光客向けの贅沢な丼物があちこちのお店で提供されていて、流合語としても取り上げられていた。アメリカの大都市圏の、それなりのお店で食事をすると、日本円換算で栄一が何人か財布から旅立っていくらしい。その物価水準についていける層ならば、いかにも高価な「インバウン丼」であっても臆することなく向かい合うことができるのだろう。
とはいえ、ふつうの人間が毎日手を出せる値段かというと、まったくそんなことはないと思いたい。客単価何十万円のレストランがあってもぜんぜん構わないけど、ことインバウン「丼」に限っていえば、どうしてわざわざ丼に仕立てるのかわからない。
*1:ただし、「学歴」「学校歴」を人の群れの切り分けのツールとして用いるのにはつねに危険性が伴う。それは、忘れたくない。