ぴょん記

こつこつ憶える

友人と会う

ステロイド剤の影響で、顔が腫れ上がり、しかも、易感染性の高さのため、何十年かぶりに、派手ににきみまで生えている。そういう状態で、遠来の友と面会するのは、われながら強心臓だと思うが、普段、阿呆なことから深刻な問題まで幅広くコンサルを頼む先なので、本来ならば、もっとせいだいに接待して然るべきなのだ。

 
友人一般について考えてみると、居職になって、実家の問題に深入りし、外にでたり人を招いたりしなくなってから、ほとんどの学校関係の友人との連絡は絶えた。駄目押しに、この重病。衰えて死ぬまでの過程をお目に掛けたいと願うほどの近しい仲の友は、どうやらわたしにはいないらしい。
 
一旦結ばれた人との縁は、それなりに大切にしてきたつもりだった。親きょうだいにも親戚にも義理を尽くしたほうだろう。しかし、わたしには、何かが決定的に欠けている。それは、可愛げや愛嬌といった、愛されて親しまれるために必須のエッセンスかもしれない。とはいえ、ないものは、しゃあないわな。
 
愛されない、親しまれないことは、思わぬコスト増を生む。直接的な不経済、たとえば、たくさん買った野菜をシェアするほどのともだちがご近所にいないために、半ば傷ませて捨ててしまうことになるようなことにとどまらない。味方が少ないか、まったくいないことで、外部からの攻撃がより熾烈なものになる。愚痴を零す相手もいないから、免疫力が低下し、病気になりやすくなる。
 
でも。それも自分の人生なら笑って引き受けるまでだ。どんと来い!
 

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