ぴょん記

きょうからしばらく雨降る日々

大河ドラマ

『鎌倉殿の13人』総集編

NHK日本放送協会は、『鎌倉殿の13人』総集編を第一章から最終章までの4部編成で、2022年12月29日午後に放送した。その前半をリビングのわりと大画面のテレビで録画再生して、後半は分けて自分の部屋の小さいPC画面で、NHKプラスで再生した。後者の方は、1月5…

『鎌倉殿の13人』最終回

伊賀の方と呼ばれる「のえ」を演じる菊地凛子さん。実生活では、染谷将太さんの奥さんである。その染谷将太さんが織田信長を演じたのが、2020年の大河ドラマ『麒麟がくる』で、劇中、信長は自分に毒酒白山の霊水と称する何かを勧めようとした弟にそれを飲む…

『鎌倉殿の13人』第47回

京都の公家政権は、機を見るに敏な中規模自営業者の集団なので、鎌倉に3,40年前に成立した独立公法人が律令体制の維持に障害にならない程度の謙譲を示していさえすれば、それほど目障りにも感じなかった筈だ。具体的には、お上を中心とする京都の政権は貴い…

『鎌倉殿の13人』第46回

りくさんが、すでに幕府の意思決定機関に参与している義時を差し置いて、26歳下の政範を時政の跡継ぎにしようと躍起になったのと同様に、のえさんも、政治も軍事も経験豊富な泰時ではなく、元服したばかりの政村を義時の嫡子に据えようとしている。生さぬ仲…

『鎌倉殿の13人』第45回

劇中、期待通り、善児が育てた刺客のトウさんが、関節を外して縛めを解き、源仲章の部下を次々と倒して見事脱走したシーンがあった。 しかし、予想していた三浦と義時との黙契などは存在せず、窮地に立たされた三浦は養い君の公暁を背後から襲い、都合3回も…

『鎌倉殿の13人』第44回

義時が、姉の夫である頼朝に従い、父の時政や兄の宗時とともに、板東武者による板東武者のための政体の確立を目指した日から、40年。頼朝や、宗時、時政はすでに世を去り、義経や範頼、上総介、梶原、比企、畠山に和田といった一度は力を合わせたものの、粛…

『鎌倉殿の13人』第43回

頼家の遺児のひとりである、公暁が鎌倉に帰ってきた。ちなみに、公暁の母を異にする姉妹に竹御所鞠子がおり、のちに都から呼ばれた四代将軍頼経のずいぶん年上の奥さんに配されたけれども、お産で母子ともに命を落としてしまったそうだ。 公暁を演じる寛一郎…

『鎌倉殿の13人』第42回

東大寺の大仏殿を修復した際には頼朝との面会を拒んだ陳和卿が、「後鳥羽上皇の側近」源仲章に連れられて、京から鎌倉へ下ってきた。母親の弟である執権義時との相克に苦しむ将軍実朝に唐船を建造させ、鎌倉の分裂をさらに促進させるためである。 とはいうも…

『鎌倉殿の13人』第41回

ある人の計算によると、和田合戦当時の巴御前の実年齢は、だいたい50代後半。このあと30年以上の時間を彼女は、木曽義仲と和田義盛という傑出したふたりの夫の供養をしながら送っていったというけれど、それも気の毒なことだなあ。 和田殿も三浦殿も、もちろ…

『鎌倉殿の13人』第40回

和田義盛は、頼朝と同年で、旗揚げ以来の重臣である。三代将軍実朝は、この和田殿に懐き、伺候して昔語りをせよとかややオフィシャルには正月の祝いのバンケットを主催せよとか親しく命じている。実際、和田一族には、そういう晴れがましい席を宰領する地力…

『鎌倉殿の13人』第39回

今回、4年分を1日に圧縮してお届けしますと、なぜかナレーターの長澤まさみさんが冒頭に画面に登場してご案内されました。そのことばの通り、従兄の泰時に焦がれて相聞を詠みかけ、『これは間違ったということにしておきましょうよ。』と袖にされる実朝氏の…

『鎌倉殿の13人』応援感謝!ウラ話トークSP~そしてクライマックスへ~

三谷幸喜さんが朝日新聞で連載されているエッセイのたしか夏の終わりごろの回で、『鎌倉殿の13人』の最終回の脚本を書き上げたけれども、お芝居の結末は意外なものになると予告されていた。晩年の義時、急死説、暗殺説のある中で、その最期が「意外」といえ…

『鎌倉殿の13人』第38回

四郎時政は、娘婿の平賀朝雅を第4代の鎌倉殿に据えようと、いったいどのあたりまで本心から考えていたのだろうか。奥方のりくさんは、わりと本気でそのプランを推し進めていたわけだけど、源氏としての血筋はともかく、平賀氏は年齢もまだ二十代前半、御家人…

『鎌倉殿の13人』第37回

わたしは、宮沢りえさんが好きなので、今回も、りくさんに関すること中心のエントリになると思う。 りくさんは、壇ノ浦の合戦のあと、捕らえられた宗盛卿が鎌倉に押送されてきた際、かつての知り人として、挨拶を交わしている。一説によれば、池禅尼の姪であ…

『鎌倉殿の13人』第36回

『平清盛』第27回だったろうか、清盛と、宿敵義朝が、一騎打ちの戦いを演じる。その『平清盛』で、源頼朝の少年時代を演じていたのが、中川大志さんだった。大河ドラマでは、細川光千代、源頼朝、豊臣秀頼、そして畠山重忠と、大大名か有力武士を演じている…

『鎌倉殿の13人』第35回

りくさんが、梶原や比企のような有力御家人が一族もろとも根絶やしにされた、政範が殺されて、次はいよいよわたしが手に掛けられる番かもしれない、と時政に訴えた瞬間、彼の形相が変わってしまった。りくさんは、一説によれば、平忠盛の室であった池禅尼の…

『鎌倉殿の13人』第34回

畠山重忠は、北条時政の娘婿であるのに、今回、時政は、彼を討つことを想定して、三浦義村に、畠山は三浦義明という、義村の祖父を滅ぼした張本人であるから憎かろうと水を向けている。義明が戦没したのは、1181年の石橋山の合戦からすぐ後なので、1205年時…

『鎌倉殿の13人』第33回

後鳥羽上皇が、鎌倉の実朝の御殿へは源仲章を、他方、伊豆の修善寺の頼家の寓居へは猿楽の一行をそれぞれ送り込んで、若い主を籠絡して関東に揺さぶりを掛けようとする。その基本にあるのは、鎌倉殿の母方の祖父である北条時政が実質的な政権担当者となって…

『鎌倉殿の13人』第32回

北条氏とその賛同者らによる比企の屋敷への襲撃、その現場から幼い一幡ぎみと頼朝公の有力な乳母であった比企の尼がからくも逃げ延びたという設定の三谷吾妻鏡。一幡ぎみは、現在は義時の部下である善児と弟子のトウのもとに匿われ、「わしを好いてくれたの…

『鎌倉殿の13人』第31回

思えば頼家は、孤独な人である。乳母夫の比企では大切に養育されたけれど、道はともかく、能員にとっては源氏嫡流の血を引く、有り難くも離しがたい持ち駒である。誰よりも、頼朝の跡を継ぐのにふさわしい血筋、順位の若君だからこそ、押し戴かれて囲い込ま…

『鎌倉殿の13人』第30回

阿野全成は、日本版ウィキペディアでみると、義経の同母兄で、幼名今若。同母の弟には、ほかに義円(乙若)がいる。新納慎也さん演じる全成は、なんともコミカルで、妻の実衣さんともども権力の中枢近くに身を置きつつも、しかし、僧籍に入った将軍の異母弟…

『鎌倉殿の13人』第29回

梶原殿の一族は、鎌倉の軍勢に攻められて滅亡した。それぞれの名札を付した首桶に納められた首級を幕府の中枢が実検するシーンから、この第29回は、始まった。理智に勝り、若すぎる第二代の頼家を私心なく支える人と、少なくとも政子と義時は認めていた梶原…

『鎌倉殿の13人』第28回

土地の境界画定が主であったという御家人同士の訴訟を扱うための13人の宿老、それに加えて頼家の側近である若い御家人の子息たちのグループが鎌倉殿を取り巻いて、新しい時代の鎌倉政権が動き始めたようにみえたのに、なぜか第28回の終わりには、梶原殿とそ…

『鎌倉殿の13人』第27回

1182年生まれの頼家が父の死を受けて鎌倉殿として立ったとき、あまりに未経験であったために御家人同士の訴訟に関しては文官4名を含む13人の宿老による合議制に委ねられることになった。これが、第27回の筋である。 頼家の母親の実家である北条氏と、頼朝の…

『鎌倉殿の13人』第26回

ドラマを撮影する便宜上、しかたないのでしょうが、大蔵御所の奥、頼朝が臥せっている部屋の室礼が春夏仕様で、水垢離を取ろうとした時政と義積と時連があっさり断念する寒さにあれでは、おそらく脳の病変で倒れた人には酷だなと思った。では、どうしていた…

『鎌倉殿の13人』第25回

頼朝の大泉洋さんが大学生のときから出演していたという、北海道ローカルのバラエティショーでしばしば出てくる台詞などを散りばめながら、今回は、盛大なお別れ会の回。建久9年、1198年の冬に、稲葉重成が亡妻の菩提を弔うために架けた相模川の橋供養に、頼…

『鎌倉殿の13人』第24回

浄土寺ノ二位と呼ばれた丹後局高階氏。劇中では、後白河院の寵姫と紹介されているが、院の晩年の娘、宣陽門院勤子内親王の生母として、絶大な財力を握っていた。宣陽門院が相続した六条殿の中に長講堂が設けられ、その長講堂にあまたの荘園が附属させられて…

『鎌倉殿の13人』第23回

わたしの見るところ、回を追うごとに、だんだんと義時の口髭が濃くなっていく。 今回は、富士の巻狩りで、水面下で進行したクーデターを「狩り」とすると、「獲物」は鎌倉殿である頼朝。頼朝は、安達藤九郎盛長が反対するのも聞かずに、比企の縁続きの娘・比…

『鎌倉殿の13人』第22回

朝廷から征夷大将軍に任じられた頼朝の正妻として、北条政子は御台所と呼ばれることになる。この御台所という呼称について、のちに江戸幕府第14代将軍徳川家茂に降嫁した和宮親子内親王の側近が、台所だなどという汚らわしい名でお呼びすることまかりならぬ…

『鎌倉殿の13人』第21回

時政の奥方のりくさんに男の子が生まれた。時政の子や孫の集まった祝いの席*1*2で、りくさんは、「跡取りが」「この子が跡取り」としきりにアピールする。りくさんには、おそらくすでにのちに平賀朝雅の奥さんになる女の子らが生まれている。時政の子として…