ぴょん記

お暑うございます。

大河ドラマ

『鎌倉殿の13人』第25回

頼朝の大泉洋さんが大学生のときから出演していたという、北海道ローカルのバラエティショーでしばしば出てくる台詞などを散りばめながら、今回は、盛大なお別れ会の回。建久9年、1198年の冬に、稲葉重成が亡妻の菩提を弔うために架けた相模川の橋供養に、頼…

『鎌倉殿の13人』第24回

浄土寺ノ二位と呼ばれた丹後局高階氏。劇中では、後白河院の寵姫と紹介されているが、院の晩年の娘、宣陽門院勤子内親王の生母として、絶大な財力を握っていた。宣陽門院が相続した六条殿の中に長講堂が設けられ、その長講堂にあまたの荘園が附属させられて…

『鎌倉殿の13人』第23回

わたしの見るところ、回を追うごとに、だんだんと義時の口髭が濃くなっていく。 今回は、富士の巻狩りで、水面下で進行したクーデターを「狩り」とすると、「獲物」は鎌倉殿である頼朝。頼朝は、安達藤九郎盛長が反対するのも聞かずに、比企の縁続きの娘・比…

『鎌倉殿の13人』第22回

朝廷から征夷大将軍に任じられた頼朝の正妻として、北条政子は御台所と呼ばれることになる。この御台所という呼称について、のちに江戸幕府第14代将軍徳川家茂に降嫁した和宮親子内親王の側近が、台所だなどという汚らわしい名でお呼びすることまかりならぬ…

『鎌倉殿の13人』第21回

時政の奥方のりくさんに男の子が生まれた。時政の子や孫の集まった祝いの席*1*2で、りくさんは、「跡取りが」「この子が跡取り」としきりにアピールする。りくさんには、おそらくすでにのちに平賀朝雅の奥さんになる女の子らが生まれている。時政の子として…

『鎌倉殿の13人』第20回

安宅の関のあの一幕をつい連想させる山伏姿で菅田九郎義経が登場する。田中泯の藤原秀衡は、自分が庇護して軍事的才能を開花させた義経が、一ノ谷、屋島そして壇ノ浦と平家を追い落とし、滅亡させた大将軍になったことが嬉しいという。そこで落涙する義経。…

『鎌倉殿の13人』第19回

(※ドラマ内の各台詞は、正確な引用ではありません。) なんとも見事な壇ノ浦のB面だった。 鎌倉殿と麾下の御家人たちが形成するのはまるで頼朝独裁のような少しだけ御家人合議制のようなともかくは軍事組織なので、大蔵御所内政所は政治を行う場であると同…

『鎌倉殿の13人』第18回

冒頭、清水冠者義高が父の命により処断されたことに気付いた大姫を元気づけようと八重さんが心を砕く。大姫からみた八重さんは、母方からみれば、祖母の妹の大叔母であり、同時に、叔父義時の奥さんである。そして、父方からみれば、頼朝のもとの奥さんで、…

『鎌倉殿の13人』第17回

九郎義経の正室になる川越重頼の娘、作中では「里」を演じるのは、三浦透子さんで、静御前を演じるのは、石橋静河さんだ。しずかさんがしずかごぜん。政治的思惑含みであるのはもちろんだが、美人ふたりにもてて、義経の喜ぶまいことか。頼朝の推挙なしに、…

木曽殿の妻とか巴御前の子とか

平安末期、藤原伊子という女性がいた。いや、いたとしよう。松殿基房の何番目かの娘で、木曽義仲が軍勢を率いて京の町に進駐し、ただでさえ飢饉に苦しむ都の内外から木曽の軍が糧秣を徴発しては憎まれていた時期に、義仲が彼女のもとに通うようになった。義…

『鎌倉殿の13人』第16回

九郎義経のみならず、蒲冠者範頼、阿野全成の亡くなるさままで知っていてもなお、木曽義仲の道半ばでの死は、鮮烈であった。院の御所をひとり訪れて、御殿の奥深くに息を潜める後白河、丹後局、平知康に聞こえるよう、声を励まして別れの挨拶を告げた義仲は…

『鎌倉殿の13人』第15回

鎌倉殿と呼ばれるようになった頼朝の権力の源泉は、源氏の嫡統であるという毛並みの良さである。父親の義朝には何人もの男子があり、頼朝にもふたりの兄があったが、平治の乱の当時弱冠14歳であった頼朝が父の後継と目されていた。14歳の佐殿、それは、平清…

『鎌倉殿の13人』第14回

清水冠者義高が、自分の父親である木曽義仲を追討するために鎌倉を離れる九郎義経の軍勢を見送って、「九郎殿が不愍。父は戦が強いので、九郎殿はきっと負けて死んでしまう。」と述べるラストシーン。それまで、視聴者は、九郎義経をはじめとする鎌倉の多く…

『鎌倉殿の13人』第13回

今回は、御家人が鎌倉の三浦館に集うての憤懣大爆発のシーンからカメラワークが少し変わっていた。彼らの肩口と同じ高さで、佐殿への不満をぶちまけられる義時の目線でそれぞれの顔が近寄ってくるのだ。祖父の三浦義明を殺されたと恨む和田義盛と大庭に命じ…

『鎌倉殿の13人』第12回

※ おしまいに追記あります。 大蔵御所に頼朝が移徙してから少なくとも丸一年は経過していたであろうに、万寿を生むまで、政子は、亀が夫の枕席に侍る身であることを把握していなかったのである。少なくとも知らないことになっていたのに、政子の出産のために…

『鎌倉殿の13人』第11回

また同じ役名の話なのだが。 梶原善さん演じる「善児」の再就職先というか、新しい雇用者が決定した。最後に登場したとき、善児は伊東祐親に娘の八重さんの殺害を命じられたものの、八重さんの夫の江間次郎を手に掛けたにとどまり、八重さん殺害に関しては三…

『鎌倉殿の13人』第10回

たしか、史実によれば、阿野全成と義円、そして義経の3人が常磐の所生であったと思うけれども、まあ、それはよい。迫田孝也さん演じる範頼も参陣したことで、平家を西へと追い詰めるメンバーが揃いつつある。 今回、義時が八重さんに差し入れた草餅を「捨て…

『鎌倉殿の13人』第9回

梶原善さん演じる「善児」、またしても暗殺に着手するが、三浦義村に阻まれ未遂に終わる。今度の標的は、主の娘、八重さんで、つまり伊東祐親は愛娘の暗殺を、家人で婿の江間次郎に命じてはいたが、おそらく江間次郎は命令を遂行できないだろうとして、確実…

『鎌倉殿の13人』第8回

甲斐源氏が、頼朝陣営に上総氏や千葉氏などの有力な豪族が加わったこと、そして、都から平氏の追討軍が発せられたことを理由に、2回目の誘いでは色よい返事を寄越すだろうという頼朝の読みは、「見事」当たった。佐殿はすごい人ですと素直に褒める義時を眺め…

『鎌倉殿の13人』第7回

佐藤浩市さん演じる上総広常が、「上総介広常」と表記されることがあって、本姓は平氏としても紛らわしいと思っていた。いま、日本版ウィキペディアで見ると、どうやら上総の大部分を領していた房総平氏の惣領家の当主で、「上総権介」であったようだ。これ…

『鎌倉殿の13人』第6回

甲斐の武田信義のもとへ援軍を求めていった北条時政と義時。あくまでも頼朝でなく自分が打倒平家の旗頭でなければという信義の主張にごもっともと頷きかねない時政に、院宣をよこせとか家人になれとか信義も言いたい放題である。それをなんとか引っ張って石…

『鎌倉殿の13人』第5回

またもや梶原善さん演じる「善児」が暗躍する。新規プロジェクトや旅行、縁談が仲間割れを主たる原因とする失敗に終わるのは、ひとつひとつは小さな目的のずれや感情のすれ違い、利害の対立が見過ごされてきた結果であることが多いだろう。しかし、疲労から…

野菜をもって転入者を訪問すること

大河ドラマの中で、四郎時政が、源三位頼政のところに芋をもっていき、また、新しくやってきた目代山木兼隆への挨拶にと穫れたての夏野菜を進上しようとしたというエピソードがあった。頼政は、その芋に当初素っ気なかったが、後日旨かったからもっと仕れと…

『鎌倉殿の13人』第4回

四郎時政以下の北条勢を中核とした武人たちは、三嶋大社の祭りの夜、目代後見堤氏の館に押し寄せた。目代山木氏の屋敷にもそれ相応の人数は割かれていたことであろう。味方の人数が四捨五入して30人程度だろうと300人程度であろうと、相手の不意を衝く夜討ち…

『鎌倉殿の13人』第3回

「三谷吾妻鏡」は、時政が都から連れてきた後妻の牧の方と、先妻の子らである宗時、政子、義時らとの初顔合わせの、主に時政の気恥ずかしさなど描写しないのである。第3回の冒頭では、頼朝が北条館に入り婿同然の共棲みが始まってはや数年、後鳥羽への入内も…

『鎌倉殿の13人』第2回

政子は、たしかに頼朝に恋をしており、当時の婚姻適齢をやや過ぎた武家の娘としては/も、やや一生懸命すぎるように見える。しかし、伊豆の諸家の中では評判のしっかり者であり、伊東の八重姫ほどでなくともそれなりに美しい政子は、彼女なりに自分と生家で…

『鎌倉殿の13人』第1回

これから一年間、週に1回の放送が始まるに当たって、いわゆる掴みとしては、120パーセントの内容の第1回だったと思う。北条時政を演じる坂東彌十郎が、牧の方を後妻として北条館に迎えるにあたって、です/ます体でもってこどもらにことの経緯を説明している…