ぴょん記

きょうからしばらく雨降る日々

歴史上の人物に対する感情移入~史実と文学・ドラマとの間

 わたしの歴史や文学の基礎的素養の程度は、中学校の授業で止まっているので、大きな誤りをこれから書いてしまうおそれもあるけれど、『光る君へ』で、主人公ののちの紫式部である「まひろ」が、藤原宣孝の娘として産んだとされる大弐三位について、実は、幼い頃からの知り人である、時の左大臣藤原道長と密通の上儲けた娘であるという設定が製作者によってなされたことについて、これは史実からフィクションを立ち上げる上で許される範囲をはるかに超えた改変だと批判を受けている案件において、リアルタイムで小文をしたためておきたくて。(252字)

 永井路子さんの長編小説に『望みしは何ぞー王朝優雅なる野望』という作品があって、主人公は、道長が高松殿明子との間に儲けた二人目の男の子である能信。高松殿明子は、血筋からいえば源高明の姫で、道長のもうひとりの妻である鷹司殿倫子になんら遜色はないものの、後見である父は失脚後亡くなり兄も若く、鷹司殿と比較すれば弱い立場で、当然、それは所生の子らの行く末にも反映される。倫子の子である頼通、教通らに比べ、明子の子の頼宗、そして能信は、位階も官職もずいぶんゆっくりにしか上がらないし、また同じ母でも長男の頼宗と次男の能信とでは長幼のことを差し引いてもやはり違いが出る。権力者である父親の二番目の奥さんの次子以下の子として、能信は、ずいぶん頑張らないと日の目をみない筈だったので、それは都中を走り回り、知恵を絞るけれど、最終的に彼が選択したのは、鷹司殿の次女・妍子と彼女が三条帝との間に儲けた禎子内親王に奉仕することで、この内親王後朱雀天皇(母親は藤原彰子。)との間に儲けた後三条天皇が、のちに藤原氏の権勢の基盤であった荘園の整理を始めてしまって、つまりは、藤原氏の弱体化の端緒を作るらしい。

 能信は、夫であり父親である三条天皇に早めに死に別れて、藤原氏の大切な駒でありながら、本流からは微妙に遠ざけられていた自分の異母姉の妍子(994年生まれ)とその娘の禎子内親王らを支えることで、自分の家、属する門葉、貴族という階級を弱らせる遠因を作ってしまったことになり、なんていうことしてくれたのと特にもうひとりの異母姉の彰子あたりにお浄土にいってからやんわり叱られたかもしれない。

 小説なら、そのくらい、歴史上の人物についてかなり激しく人物像を刻み込んで書き、また、それを読むという幅が許されるけれども、ドラマや映画では難しいのかなあ。

 

 

 

 このふたつは、たぶん同じ内容では。わたしは、下のを読みました。