ぴょん記

こつこつ憶える

『悪童日記』

 一枚の布きれを盗み合うような欠乏をわたしはしらない。だから、都会から母親に連れてこられた9歳の双子の男の子たちが国境の町のそのまた外れの「おばあちゃん」宅で、空腹と不潔さと、暑さと寒さに苦しみながら過ごした6年間の軌跡を息を詰めるようにして頭に描き、ページをめくるしかない。

 

悪童日記

悪童日記

 

 

ふたりの証拠

ふたりの証拠

 

 

 

 『悪童日記』では、母親は占領国の将校の女になり、双子にとっては半血の妹を産んだという事実を明らかにした直後、爆撃で妹ごと、死ぬ。そして、父親もまた、国境を越えて亡命しようとして、息子たちの手によって亡くなる。双子のひとりは国境を越え、もうひとりは「おばあちゃんの家」に残る。残ったほうの少年は、乳呑み児を抱えた娘(かれよりは3歳上)を保護し、畑を耕し家畜を飼って、居酒屋でハーモニカを演奏する。そして書き綴られるノート。

 

第三の嘘

第三の嘘

 

  いったい「嘘」とはなにか。そして、これらは、「三部作」といってもかまわないものなのか。

目薬注してまた宵に

 「延焼」ではなくて、「炎症」。3種類の目薬の、すべてを注したり、2つか1つだけ注したり。眼科のお医者さんや看護師さんは、はい上向いて、と声を掛けて、こちらの下瞼を抓み、けっこうな高さからほぼ過たずに眼球に1滴だけ目薬を落とす。一方、こちらはほぼ目薬初心者であるから、成分が浸透するまでの5分間を置いて眼に馴染ませるしずくのひとつひとつに炎症の速やかにおさまりますようにと祈るように、ぼちぼちぽとぽと。

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 顔を拭くために、資生堂オイデルミン(N)という除去化粧水。こちらは税抜で500円。

(L)のほうは、資生堂ワタシプラスという直営のネットショップでは税抜で8000円。

 

持斎慎まざればなり

 「持衰」ともいうらしいが、むかし、船の構造が旧式だったころ(なにしろ竜骨がなかったらしい。)、船が時化に遭って沈みそうなとき、かねてより船に乗せた持斎に責任を負わせ、「持斎慎まざれば海が荒れるのじゃ。」と波打つ水面にかれをたたき落としたものらしい。もし、船が無事に航海の目的を果たしたときには、持斎は褒美をたくさんもらって解放される。その持斎、髪を梳ることも身体を洗うことも禁じられていたらしいが、なにかを神に祈るときには斎戒沐浴する習慣からみるとむしろ逆ではないか。白縫ほどの美女ならともかく、髪も髭も伸び放題の男ひとり、捧げられてもわだつみはかえって困惑するのではなかろうか。

 考えかたによっては、顔と髪を洗ってきれいに整えるという義務を免除された数日を過ごす、ともいえるけれども、お勤めの人なんていったいどうしておいでなんでしょ。わたしは家でごそごそする居職ですから適当にしのぐつもり。

 手術した目の周りは、「アイ浄綿」という眼科専用の不織布で拭う。それ以外の顔は、メイク落とし用の不織布で拭いて、あとはコットンに染ませた化粧水。クリームは、この際、省略していいかな。

 髪の毛は、櫛で地肌を梳いて、シニョンにして首筋に垂れないようにまとめておく。日本の伝統的な女性の髪型のひとつであるおすべらかしでは、髪を固めるのに美男葛を使う。近代、かしこきあたりのご婚儀において、そのおすべらかしで臨んだ儀式ののち、洋式のドレスにて宝冠を戴く髪型に調えるために、高貴な女性の髪は、ベンジンでごしごしと洗われたそうな。幾ら布で目元を覆っていたといっても相当に沁みたことだろう。そこまではしなくてもいいとしても、とても痒くなったら、おとなしく前の理容室に出掛けてシャンプーだけしてもらうことにしよう。

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家に帰ってきた

 手術そのものはすべて終わらなかったけれども、予定された日程で今回の入院生活はおしまい。今後は、当分の間、通院で様子をみながら次にできることを考えましょう、と。そういう具合なんだけど、実際のところ、手術をした右眼には、もののかたちを捉える能力がすでにある程度戻ってきた。字を読み書きするときには、これまで通り、専ら左眼のみを用いることにして、右眼で見えるものは見えないことにして作業を進めるのだろうが、帰りのバスや電車で右眼に映る、左眼で視るよりはかなり青みがかった初夏の緑はうつくしかった。

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2月の京都・知恩寺の市で購った作家さんのオリジナルプリント

病院で食べる

 今回の病院には、過去に何回か(何回も何回も)入院したことがあり、入院病棟こそ異なるものの、実は同じ建物の同じ方向を向いた翼の、階数違いなので、はげしい既視感があった。ところで、病院は目下絶賛改築+増築中であって、入院患者の食事を調理する厨房施設もその例外ではないらしく、配膳関係のいろんなところで「ごめんなさい」「ゆるしてね」と断り書きを見掛けた。もっともいつになく惣菜類の塩気がきついと感じたのはわたしの個人的な体調の狂いによるものだろう。ついでに、病院本体の改築とはほぼなんの関係がないはずの外部の業者さんが経営するレストランでも、スパゲッティの類いがかつての3種類から1種類になっていた。スパゲッティがトマトソース1種に絞られていてもわたしはなにも困らないけれども、かりにハンバーグステーキがメニューから消えたとしたら、途端に厭世的にもなりかねない。

眼を開く

  十数年抱えている眼疾を手術で治すことになった。なかなか治療に掛からなかったのには幾つも理由があるが、その最たるものは、わたしの自分自身の身体に対する無頓着だろう。手術は午後から。開けて、崩して、縫いとめる。今回はこれだけ。終わった30分後には、熱々のコーヒーを飲んでいた。

バスに乗って

『今日はもう何もしてやらんぞ。』と、横着を決め込みたくなる朝もある。この朝もまた、気の進まないこと夥しかったものの、パッキングをして、駅とは反対方向のバス停から出発。目的地に到着するためには、足弱の身であるから、どのみち途中でタクシーに乗り換えねばならない。平日の出勤時間帯の尻尾に掛かった路線バスはゆっくりと都心へ。空塔をはじめ右前方に見て、徐々に真横に近づく。堀留でバスを降りる。