ぴょん記

上古文学、外国語、数学、調理、編みもの、縫いもの、競争法

戻ってきた暑さ、でも。

 ツイートに出てくる蜜豆は、正確には、「果実蜜豆」という一人で食べるにはやや大きめの缶。国分株式会社が、12缶でお幾らかで(このあたり、わたしもお遣い物にするのでぼかしておく)髙島屋のお中元特集に出している。

 今日、髙島屋のショッピングサイトのfavoritesのリストを見たら、果実蜜豆の扱いは現在は行われていなかった。いったんは涼しくなったものの、暑さは戻ってくる。しかし、届く西瓜の生産地はどんどん北方に移り、蜜豆缶の扱いは止んで、順調にいけば、明日には、新物の林檎と、梨が届く。都市では、市場から秋を迎えるのだ。

 

 

うまいことエンジンがかからない

 月曜は仕事だけするつもりだったが、朝4時半に起きて5時過ぎに寝直したりしたせいか、机についても脳がまだ寝かせろと強く抗議する。半泣きになりながら昼寝。

 なんとか作業が軌道にのったのは、午後を遅く回ったころ。今回、〆切は木曜だけど、わたし、できればこの仕事を月曜のうちにすませておきたかった。

 写真は、一通り編み上がった擬麻の小さなバッグ。ハンドル部分の補強をしてできあがり。もとよりこれは趣味の所産。

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週末の食卓

 今年の春先ぐらいから台所のコンロの機嫌が悪い日が続いて、お湯を沸かすのと、おかずを用意したりパンを炙ったりするのと、ぜんぶひとつの火口(ひぐち)で済ませていた。温度感知センサーが過敏に機能しているのだろうと手入れしてみたら、はたしてちゃんと安定した火がもうひとつの火口からも出るようになった。

 炊飯器でめしを炊いて、お湯でフリーズドライ味噌汁を溶き、あとは簡単に煮て、炒めて味をつけるぐらいの夕食で足りていたわけだ。

 この週末は、同じように簡単な食事に終始していたが、夕食は、ピザを宅配してもらって、たまねぎのサラダと食べた。

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 コレド室町2のBF、「とんかつ寿々木」さんのロースカツ定食。おいしかった。

とても涼しい

 昨日の朝から上空の大気に冷たいのがきたらしくて、とても涼しい。冷房機を止めて、掃き出し窓と玄関を行き交う風を導入するためのサーキュレータだけで快適に過ごしている。ちなみに、このあたりの本日の最高気温は、27℃だった。

 今年は、関東地方の梅雨明けが早く、いつもの「梅雨明け十日」の暑さどころか、旧盆を過ぎても厳しい暑さが続いた。各種の処方薬のおかげで滅多に熱発などしないわたしが、身体に溜まった暑さを排出することができなくて、体中から絞り出すように脂汗を流したのが、つい最近のこと。

 また来週の後半には最高気温が30℃台の半ばに達する日もあるらしい。それでも、食品宅配で西瓜が受け取れるのは来週までだ。ずっと長崎のラグビーボール型の西瓜を食べていたのが、新潟産に代わり、そして、今週のは青森産だった。また、来週は、梨と林檎が届く。

 

  読んでいると、よく知っている誰かと話している気分になる、400年前くらいの引退した官吏が識した人生の処し方。

 

『カメラを止めるな!』

 家族が、この映画を「おまえは観たいのではないか。」というものだから、そういわれればけっして観たくはないというわけでもないと思いつつ、「そういうあなたはこの映画が観たいのね。」と一応確認をとって、予約可能日の朝に席を予約。いざ蓋を開けてみたら、まあほぼ満席でした。制作費300万円の単館上映から一番館に上がってきた映画が、すごい人気。

 小劇場らしさと、専門学校っぽい風味が少しずつ入っていて、そういうのは自分の大好物とはいえないまでも許容範囲内の日本映画の要素だし、「作品以前に番組」という空気、つまり、監督の指示に服さないキャストや強すぎるプロデューサーに対する反撃、プラス、親父の復権が垣間見られていたのは、監督と同じ中年として溜飲が下った。

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 パンフレットは、観たあとで買っておいたほうがよいかも。

『豊饒の海』に寄せる小文

 ※ 以下は、2011年11月に、クローズドのはてなダイアリーで書いた覚え書きの再掲です。

 この四部作からなる小説の筋は、私の理解する範囲においては、以下の通りだ。すなわち、維新の元勲の孫と判事の息子(本多繁邦)が学習院で同級になる。元勲の孫は、幼なじみの堂上華族の姫と恋をして、姫は妊娠する。ところで、姫には宮家の跡継ぎの若宮との婚約にすでに勅許がおりており、姫の妊娠はとんでもないことであるから、若い恋人同士は親たちから引き離され、姫は門跡寺に入り、元勲の孫は20歳の若さで衰弱死する。(「春の雪」)


 本多繁邦は弁護士になり、40歳の坂を越えようとしている。日本がぐいぐいと右傾化・国粋化していった時代、彼が知り合い、元勲の孫の生まれ変わりと信じた純粋な若者は、社会の矛盾を糺すため、性急な手段をとろうとして失敗し、投獄される。失敗の理由が自らの父の密告にあったことを知った若者は、その裏切りに自らの命を擲って抗議し、20歳で亡くなる。(「奔馬」)


 国を相手にした入会権関係の裁判で思わぬ巨万の富を手に入れた本多繁邦は、還暦。敗戦後の日本で、学習院の生徒であったころ、来日したタイの王子の縁で、月光の名をもつ異国の王女の日本での後見人になる。奔放な王女の身体に、元勲の孫や昭和維新の志士にあった徴があるのか、確かめたい本多。帰国した王女は、やはり20歳でその生涯を閉じる。(「暁の寺」)


 老耄の身を興味の赴く方向へ駆り立てて羞じない本多は80歳。才能に恵まれ、しかし、貧しいある青年を王女たちの生まれ変わりと信じて引き取る。ところが青年は日増しに地金の粗さを覗かせ、ついには21歳を迎えてもなお、生き続ける。本多は、いまは尼門跡となった友人の恋人を訪ね、唯識論に通じた彼女と問答を重ねる。そこで尼門跡の口から放たれた言葉に、本多は自らが長らく追いかけてきたものの真贋を改めて問うことに。(「天人五衰」)


 なんの資料も読まずに思い出しながら書いたので誤りも多いと思う。本多が、聡子(尼門跡の俗名)ならば、自分の感慨に共感してくれるに相違ないという期待を抱いたとしてもやむを得ないやりとりが、「春の雪」の中盤あたりにはあった。まだ彼女が仏教哲学に染まる以前、本多が生まれ変わりの奇跡を信じるずっと昔の夏の夜の記憶だ。そこでは、聡子は、いつか終わると、それも破滅によって幕が引かれるとわかっている色事を、かなり客観的な立場から俯瞰して自嘲してみせる余裕のある女性だ。寺に入り、厳しい修行を重ねて、「尼僧の中の光に」と期待をこめて導かれた過程で、過去の出来事を含めた一切に対する考えが変容をきたしたのかもしれない。


 ひとは月面に存在する涸れたクレーターを逆説的に「豊饒の海」と名付けた。その絶対的な渇きの中でのたうつ本多を、月の光の名をもつジンジャァンに幻惑させ、仕上げに月修寺で、聡子と60年降りに再会させて引導を渡す……学習院から東大法学部に進んだ三島が、かつて、華族や多額納税者の息子ではない、学習院の生徒だったという自分と共通項をもつ本多を日本近代史という大きなすり鉢のなかでごろごろ思う存分転がしてかき上げた畢生の大論文。これを残して、三島は、市ヶ谷へと乗り込んでいった。

 

 

 

 

 

春の雪―豊饒の海・第一巻 (新潮文庫)

春の雪―豊饒の海・第一巻 (新潮文庫)

 
奔馬―豊饒の海・第二巻 (新潮文庫)

奔馬―豊饒の海・第二巻 (新潮文庫)

 
暁の寺―豊饒の海・第三巻 (新潮文庫)

暁の寺―豊饒の海・第三巻 (新潮文庫)

 
天人五衰―豊饒の海・第四巻 (新潮文庫)

天人五衰―豊饒の海・第四巻 (新潮文庫)

 

  映画『春の雪』は、2005年に妻夫木聡竹内結子主演で公開された。その主題歌は、宇多田ヒカル『Be My Last』。でも、豊饒の海を思うと、いつも映画『稲村ジェーン』の主題歌である『真夏の果実』が脳内を流れる。

紳士用の夏帽子の完成

 わたしのニッティングは、自分のものかせいぜいハハの用に供するためのもので、もっぱら人に向けては撃たない編まないことを旨としているが、アレバカブルと家族が申すものだから、春にハハの帽子を編んだのと同じアヴリルさんのバンブーテープで、パナマ帽のようなものを手がけてみることにした。

 バンブーテープの色は、グレー。切り替えのリボンに見立てた部分は、ハマナカエコアンダリヤの56番を使いたかったけれど、単品売りの手近なものがなかったので、57番で。これは、レーヨン糸。

 

 

 

  

 

  すごく楽しいよ!