ぴょん記

こつこつ憶える

とっても、こわい

 月曜、火曜と、家にある設備、道具を駆使して、長雨に立ち向かい、洗濯物を処理する機構として稼働していた汎用機Shimico。20年前のシャネルの60万円のブラウスがまさかの「洗濯されることを想定されていない衣類」であったことを知って、それはもはやブラウスというよりは鎖帷子ではないかと思う。ある意味、同じく勝負服ではあるからして。

 ところで、このごろ、現代作家さんの手になるホラーの中長編やエロテックな短編小説を数冊読んだ。

 

快楽の封筒 (集英社文庫)

快楽の封筒 (集英社文庫)

 

 わたしが、いまの半分くらいの年齢ならば、ふつうのおなごの慾望とはかくなるものなのかとためいきをつきつつ、読み耽ったであろうけれども、いやらしさというものを観念するのが難しくなったいまとなっては遅すぎる出会いであった。

 

 

狗神 (角川文庫)

狗神 (角川文庫)

 

 途中で、物語中もっとも破滅的な要素がほとんど明示されていた。また、わたしが目下贔屓にしている連載中の漫画作品では、出来のいい長男坊が「ヨル」の化身と捉えられている。夜、暗がり、闇を示すものにいだかれて安らぎたいという願いは、黄泉の国への旅立ちと背中合わせであるのか。

 

 

 『狗神』は高知県の山村を舞台にした小説であるが、『ぼっけえ、きょうてえ』は、表題作とともに収載された他の3編ともども、岡山県の山側の僻村や浜辺の村で起こった酸鼻を極める悲劇が語られる。貧しさや暴力、差別の槌が、弱く小さな者の上に容赦なく振り下ろされ、4作品とも、仄かな救いさえ与えられない。

 そういう出口のない惨めさが現実にこの世にあることぐらい、この年になればいくら何でも知っている。

 

 

『あなたのことはそれほど』

 以下の文章は、漫画の感想文。テレビドラマのほうは観ていない。漫画『あなたのことはそれほど』は、雑誌掲載中に真ん中くらいから飛び飛びに読み始めて、先月から今月にかけてKindleで1巻から5巻まで読んだ。6巻が最終巻ということだけど、こちらはまだKindle化されていないので、作品全体は読み終えていない。

 主要登場人物は、4名。涼太と美都が渡辺夫妻で、光軌と麗華が有島夫妻だ。美都と光軌が、小学校と中学校の同窓生、光軌と麗香は高校の同級生。涼太は、同学年の彼らよりも5才程度年上。物語は、麗香が第一子を里帰り出産している間に、美都と光軌が再会し、ホテルの一室で性的な関係をもつところから始まる。美都も光軌もお互いに結婚していること、また、光軌については、子供が生まれたばかりであることをあっさりと打ち明け合う。そして、美都の夫、涼太は、妻の婚外恋愛に衝撃を受けるが、誕生日と結婚記念日の贈り物として、「なにがあっても妻を愛し続けること」を誓う。一方、光軌の妻、麗華は、別々に自分に接触してくる美都と涼太の存在、また、「いかにも」な光軌の挙動から、自分たち夫婦の間に生じた亀裂の深さを感じ取り、それでも賢明に身を処そうと努める。……4人が4人とも、30才超えた大人としては相応の、小暗い森を心の中に抱えている。それは成熟とはいえないまでもそれぞれ固有の個性といえるだろう。小学生のときから一番好きだったからという理由で、約20年の時を隔ててもなおもまっすぐにすべて薙ぎ倒して光軌にぶつかっていく美都、彼女は、その夫に劣らず、とても「変な」女なのだが、涼太や光軌のような彼女を愛する男らに比べると、欲望がストレートに表出されている分、むしろ把握しやすい。ひきかえ、麗華は、自分の権利、欲求、縄張りというものを主張しすぎず、つねに嫌味にならない程度に利口に振る舞う。それにもかかわらず、彼女を頼ってきた近所の若い主婦や、あろうことかずっと支えてきた母親にすら、その「正しさ」を軽く指弾される。これはいかにもやりきれない。ともかく、美都と麗華は、これほど異なっているのに、根のところで、いわば『だったらほかにいったいどうしろと?』と居直る勁さを通有している。ゆえに、彼女たちは憎しみを外へ向けたりはしない。ある程度の傷を負いながらも自分の内側を眺めることで、次に進むべき先を知ることができる。なお、作中、美都の友人、香子の存在は重要である。香子と街で行き会った光軌が彼女に向けたことばにこそ、光軌の真意が込められている。

 

 

シミシミおでん

 秋刀魚などと一緒に大根を買う。近頃はネットスーパーでも1本の3分の1とか2分の1とか、なんなら部位も指定して買えるようになったけれど、割高なのでなるべく一本なり求めるようにしている。その大根の、焼き魚とともに下ろして食べた残りの切り口が、2日ほど経つと次第に怪しくなる。そこで土鍋を出して、輪切りにした大根を出汁で煮る。あれば蒟蒻も。昨日は偶々、「とうふやさんがつくった揚げ物セット」というのもあったので、それも煮た。卵は夕方になって10個届いたので、4個茹でてあとから鍋に入れた。大根、蒟蒻、卵に雁擬きなどの地味なおでん。

 

Forevermore

Forevermore

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長雨であるから乾かぬ

 乾かぬゆえに洗わぬ、と溜まってしまった洗濯物を洗う。木金土日の4日分ともなれば、けっこうな量。予洗いのためのバスタブのお湯が温かったので、予洗い、予洗いの濯ぎ、本洗いまでをその残り湯で済ませたあと、大急ぎでバスタブを洗って新しいやや熱めのお湯をバスタブに張った。それで本洗いの濯ぎ1をして、続いて濯ぎ2もバスタブから給湯して済ませた。ほかほかする洗濯物を室内干しにして、3時間ほどサーキュレーターで送風。それからドライモードのコード付きアイロンでシャツには丁寧に火熨斗をあてたり、肌着やタオルは水気を追い出すための執ようなプレスを掛けたり。だいたい乾いた。

 

異邦人

異邦人

 

秋雨に眠らされ

 雨が続いている。気温も、木曜日の汗ばむ陽気からは信じられないほど、低い。日曜に、目が覚めたとき、体幹部の前面の筋肉が妙な具合に強張っていて、ひょいと両肩を上げた拍子に、脇腹が悲鳴を上げた。身体の各部分が同じスピードで冬仕様に変化していくわけではないからそういうことも起こるのだと思う。

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カレーライスはサラダ付きだった。

 

コロッケ揚げた

 去る水曜日、キタアカリ5kgが届いた。家族がじゃがいも大好きなので、せっかくの新芋だからコロッケを作るねと云いつつ、献立の都合で早くも週末を迎えてしまった。

 わたしのコロッケの作り方はとても簡単である。芋の皮を剥いて小口に切って冷水に晒す。玉ねぎも賽の目に切っておく。切った芋を湯気の立っている蒸し器に入れて強火で10分ほど。ボウルにとってマッシャーで潰しながら、岩塩と黒胡椒が一緒にミルに入っているのを挽いて軽く下味をつける。それを冷ましながら、切っておいた玉ねぎと粗挽きの合挽肉をフライパンで炒めて芋と同様に下味をつける。火が通ったら、潰した芋と合わせて、脂を芋にも染み込ませる。ふつうに丸くまとめたり、半量は軽く茹でた玉蜀黍の実を混ぜたり。小さなボール状になったチーズを埋め込んだり。それを小麦粉、溶き卵、パン粉の順に衣を着せて、中火で2分半、ひっくり返して2分半揚げる。油温は170℃くらい。中身に火が通っているので、衣が揚がって中身が温まれば食べられます。

 ここしばらく、しみしみくよくよしていたことがあって、今日もそもそも起きることさえ懶いくらいだったけど、台所に立って、殆ど自分以外の人に迷惑をかけることなくコントロールフリークぶりを遺憾なく発揮して調理をしているうちにとても気分がよくなり、おまけに午後になってみたらかねてよりの懸案事項も片付いていたというわけで。

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ほぼ日手帳のカバーを鹿児島さんのに替えた。

 

寝ている間に汗を掻く

 12日の夜から13日の未明に掛けて、寝ているうちになぜか額から首筋にかけて汗をしとどに搔いて、タオルで拭いても拭いても止まらないという体内現象に見舞われた。正確には、「なぜか」ではない。香辛料を多く使った麺(その店でもっとも辛いという。)を食べて、重いものをもってちょっとした距離を歩き、ビールを適度に飲んだあと、麦茶もけっこう口にしていた。もう瑞々しい年頃とはけっしていえない身体が蓄えられる以上の水が身体に一時的に留まった結果、ときならぬ大量の汗として体外へ出ようと皮膚組織へ押しかけたのだなどと時折襲ってくる激しい眠気に飲まれつつあれやこれやと考えながら、なおも汗は目や耳の孔めがけて流れてくる。滝のような汗という喩えは、寝汗でもあてはまるんだ。

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きのう食べたのはカレーライスではなかったけど。