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ぴょん記

まじめにはたらく

摂取熱量と食らいついた糖分

Werk

 朝早くに起きて、定期受診のため病院へ。5時前に一旦起きてさすがに憂鬱な気分でぶらぶらして、お湯を沸かしてお茶を淹れた。重い空気の理由は、明らかである。前回の受診から5週間が経過して、各種数値がいったいどんなことになっているやら。それから冬に入ってから蜜柑を熱心に食べ続けた結果、どうにも糖分の過剰摂取を指摘され(このごろめしや麺類は普通の人より少ない摂取量だ。)、ヘモグロビンに付着した糖の値を下げなければそれなりにハードな治療が待っていますよと通告されていたのだ。蜜柑、でも、今月に入って一度も箱買いをしていない。そもそも箱売りの蜜柑がネットスーパーから消えたのであとは農協にでも注文しなければ食べられないのだ。とにもかくにも病院へ。まず、採血。とても身構えていったのに、今回も尿とられず。レントゲン。それから待ち時間。けっこう長い。仕事を持ち込んで黙々とこなしながら院内呼出ベルの鳴るのを待つ。HbA1cの値は、劇的に改善していた。大好きな果物についてすら節制したのだから。いっぽう、感染の度合いを示すCRPの値は、やや高め。けっこう出掛けたから。原病については、どうなんだろう。ぼちぼちやりましょう、という感じか。

 帰りは、太巻きの端っこ(と、もちろん端ではない部分。)を求めてデパート経由で。現在の通院先は、長期1回と短期7回くらい入院をしたので、なんとなく若いころ下宿していたアパートのような感じがする。そこを離れて自宅に戻り、これから仕事の続き。

たやすく充たされるほうの欲望

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 温かいので、セーターの上にくるっとストールを巻いて上着は羽織らずに、一駅隣のショッピングモールへ。120gのロースカツに、ごはんは十穀米、お汁はお代わり、キャベツはたくさん追加でもう幸せ。しかも、銀座のわしたショップの小さい版のお店が出ていて、そこで、わしたポークを入手。無印良品で仕事につかう筆記具やお茶を補充して、LUSHで「オリーブ収穫祭」の中ぐらいのボトルを買う。あとはイオンでぐるっと夕食の買いものをして帰ってきた。なんと、そのフロアで祝儀袋と髪の毛を染めるキットもすぐにみつかった。

 こういうモノがもたらす幸せは、はかないものだけれども、それを否定する理由をまだわたしはしらない。

 

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つらつらと思うにつけ

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 先日書いたハンドクラフトの値切りの件も、文化的標章の転用についても、各方面からの意見を聞いてみれば、なるほどなかなか決着のつかない問題をはらんでいることよと驚くばかりである。またこんどゆっくり。

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あなたには会いたくない

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 今週は、おもに日本海側の低気圧の移動に伴って大きな空気の塊が日本上空で北へ南へ大移動を繰り返した結果、温かい大風、冷たい突風が吹きすさび、その気圧と気温の変動がしたたかに身体を直撃した。わたしについて具体的にいえば、ここ数年来の傾向として、こういう気候のきつい場合は過度に眠るようになる。いわゆる寝逃げというやつで、起きている時間はとにかく執拗に文字や絵を追い回し、眼球と脳の限界で泳ぎ疲れた魚が淵に沈むようにぐったりと寝てしまう。きのう、NHKの夕方の情報番組のミニコーナー「渋護寺」で、息子の妻(と子ら)がどうしても自分に会ってくれない、その状態が10年以上も続いている、どうにかして会いたいのだが、という大阪府の71才の女性からの相談があった。何人かが回答した中で、釈さんという和尚様が、「相手が会いたくないというのにもそれなりの理由があるので、会いたくないといわれれば会わない、会いたいといわれれば会う、それだけです。」とすっきりと言い切ったのが印象的だった。会いたくないといわれているにもかかわらず、自分としてはぜひとも会いたい相手がいるという状況が、まず、わたしには羨ましいが、ふつうのひとの経験や感覚というものをエミュレートしてみれば、この和尚様の回答は素っ気ないかもしれないけれども、結局、穏当な落としどころといえるのだろう。

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 八瀬口の駅。下の谷川は、夏場にはきっと涼を求めてやってきた大勢のひとで賑わうはず。叡山ケーブルは冬季運休中。

ハンドクラフトの値段

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 手編みの、五本指の毛糸の手袋。純毛で、おそらくオリジナルのデザインで細かな模様が入っていて、指の部分の色も全部ちがう。編目も揃っていて丁寧な「仕事」。材料、意匠、技術、そして労働と、いくつかの要素に分割して考えると、作り手の提示する価格の5000円がたとえ10000円だとしても、けっして並外れて高価であるとはいえない。ふだん自分が着る服は、ユニクロの1990円のアクリルセーターが1490円になるときを狙ってネットで注文するようなわたしでも、目の前の編み手さんから直接その手作りの品を買うときには、まさかお安いですねとはいわないにしても、すてきな品がみつかってうれしいです、ぐらいのことは挨拶として口にする。いわゆる蚤の市では買い手が値切るのも楽しみのうち、といわれるが、手作りの作品を商うマーケットでは、どうなのだろう。なんとなく、お勉強して下さいとは言いづらいような気がする。「お勉強」といえば、新幹線の中で読んだ雑誌の中で、東京のある著名な魚屋さんのあるじがお若い頃、名店といわれる料理屋を訪れては自分の魚屋さんという職業を明かして「いちまんえんしかありませんが、勉強させてください。」と頭を下げて食事をしていたのだという。たいていの料理屋さんはこころよく彼を受け容れたので、おかげでその魚屋さんは、自身が市場で扱う魚介が最前線の調理場でどのようにお客の前に出されるまでに手業を施されるのか学ぶことができた。海外の歌劇場のジーンズシートのようなお話である。

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働く日

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 わたしのツイートはとくに誰かに返事を求めるものでもなく、あたまの中味のうちから往来に出しても差し支えない部分をやや風通しのいい場所に晒しているだけなので。

 炊きたてのごはんにプロセスチーズの賽の目ならばなんとか釣り合う。これがたとえばkiriだったらどんな感じだろう。ベルキューブだってけっしておいしくなくはない。だけど、ゆかりのつつましさと平仄が合うといえるだろうか。

 乾麺を茹でる、冷水に晒す、お湯や出汁の中で再加熱という手順は、慣れればなんということはない。ただし、熱湯注意です。

 鍋は、正月前に買った、アルマイトの大きいのをつかった。春菊はすでにしおしお、人参もなんとなく古びた感じだったけど、鍋の中でなかよく煮えて、一日机の前に向かっていたあたまを労ってくれた。えのきは大束だった。うどんも一把だけ茹でて水にさらして食べる直前に鍋に加えて温めた。先週の大半、京都や奈良でたのしく遊んだ分、ぎゅっと詰めて働いた。

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京都 たかばし 本家 第一旭 さんにもおじゃましました。

気温上昇、雨、大風

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 20日の月曜は、昼に出汁に残りごはんを加えて温め、卵でとじて食べた。そのころまではなんとなく晴れていたのに、15時を回るころ、にわかに空が暗くなり、強い風が吹き始めた。宵の口に帰宅した家族が、雨脚がはやいので、簡易な傘を駅のコンコースで買い求めて帰ってきたが、住宅のピロティで雨宿りしていた、かれとは逆に駅へ向かうと思しきおつとめの人に傘を譲ってきたといっていた。三陸の春の若布のしゃぶしゃぶ用が冷蔵庫にあったので、茎の部分をカットして、皮なし鶏むね肉と一緒にうどんの具にした。茎の部分は出汁の足しにでもなるかと鶏と煮ていたら、ほどよく軟らかくなったので、それも皿に盛って食べた。地味な色の若布がお湯をくぐってみるみるうちに鮮やかな翠に変わるのはかなり見ていてうれしくなるもの。

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