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ぴょん記

まじめにはたらく

骨密度測定の昼下がり

Werk

 朝7時の最寄り観測点の気温の数字から風速の数字を引くとマイナスになる、つまり、体感気温は氷点より下という、雨も強い日。とても寒い。駅まで歩いて車でD大学医学部附属病院まで。いつもと違って、昼下がり午後にも放射線に晒される検査を受ける。毎回、午前中にいつも胸部X線は受けているけど。内科2つの診察の合間に、カフェで原稿仕事。カフェではなく、診療棟での待合時間に側にお子さんがくるとiPad のアプリできつねにシロフォンを叩かせたりして遊ぶこともあるのだけど、なんといっても一番人気はぬいぐるみなので、朝、プレーリードッグの「ちゃむり」を同行した。ところが会計などのたびに財布のまえに「ちゃむり」が大人の面前に現れるので、相手の事情を察した顔に対応して、すっかり『ちょっといま別のところに行っている孫のためにぬいぐるみを持ち運ぶおばあさん』という面付きで過ごすことになった。抗弁と再抗弁みたいなものだ。でも、ブログでは正直に書こう。はい、なによりわたしの無聊を慰めるために「ちゃむり」は、鞄にて一日過ごしておりました。肝心の検査の結果は、このところ、肺が多少ぜいぜいいっても、頻脈が起きても、脚が攣っても、もう乗りこなしにくい他人のからだを借りているのだと割り切って、歩きまわっていたおかげで、なぜかかなりよくなってきていた。食堂で相席になった年輩のご夫婦と少しだけ世間話をしたり、人が少なくなった診療棟の上のほうの物陰でソファに寄りかかって仮眠をとろうとしたりして、やっと世のお勤めの人が定時を迎えるころ、放免。靖国通りの鮨屋で鯵やはまちの握りを少しずついただいて、おいしかった。

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 ちゃむりとりんごかなにかのシブースト。

 

雨降り日曜ふたたび

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 根の一部がくれないの葱が届いていた。それと、沖縄のピーマンをつかって、豚の黒酢炒めを作った。肉は、豚バラ肉。きょうは3月の末らしくない底冷えのする一日で、風邪のひき始めのように懶く、はじめは台所に立つのもつらかった。でも、野菜を刻んでフライパンでじゃっじゃと炒めて、それを一旦ボウルに取り、次に肉を勢いよく炒めてボウルの野菜やCook Doの調味料と合わせる作業をしているうちにかなり元気が出てきた。大河ドラマでは、亀に続いて、曾祖父直平や新野、中野と亡くなってしまい、茫然。そして、おとわ、還俗

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桜の咲く週末

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 頭がうまく働かない感じがして、アイロンを掛けたり夕食の仕度をするほかはたいてい寝ていたような一日だった。天気はよいが北風のつめたい日で、小豆を煮て赤飯にして、のこりの煮小豆はまたぜんざいか餡にするつもりで水煮のまま眠ってしまった。土曜の朝になってからやっと塩と砂糖を足して煮返した。

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よく眠る日

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 午前中に支払いに出掛け、午後、早めにポテトサラダを作って寝かせておく。はじめに濃いめの塩水の中にスライサーから薄切りの胡瓜を落とす。鹿児島産の新じゃがを800g、皮を剥いて一口大に切って水に晒して茹でて潰す。挽き立ての黒胡椒、よく絞って水気を切った胡瓜と、ロースハムスライスの角切り、マヨネーズと和辛子を合わせる。味の素のCook Do、麻婆豆腐用に赤いのと黒いのが今月あたり出たらしいけど、従前からあった四川式も、それから広東式もなかなかおいしい。とくに広東式はオイスターソースの香りがよい。

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荷が下りたようなくたびれたような

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 水曜の未明、窓を叩く風が強くて、iPad mini で漫画を読みながらうつらうつらして、また目覚めては、iPad mini を起動して、と繰り返しているうちに朝になった。ひさかたぶりにスーパーマーケットの宅配で買えた10個で税抜98円の鶏卵があったので、4個、半熟に茹でる。仕事の仕上がり前に作業を中断して風呂に入り、洗濯機も回し、髪をわしわし乾かしながらまた机に向かう。まとめて、塗って、干して。それからすぐに出掛けたかったけれど、食料品の配達を受け取ってからにしようときめて、空腹を抱えながらごろり。なぜにはらへりか。火曜の夜、夕食をちゃんと食べていなかったから。それは、火曜の朝のオムレツを食べられなかったにもかかわらず、目先の食慾に負けて、昼にハーフカレー(例によってカニクリームコロッケとチキンカツのせ。)を取ったせいだ。カレーライスと揚げ物の脂肪分は胃を直撃する。そして、夜になってやっと朝のオムレツをようやく平らげた。それほどものによっては能力の衰えが著しくなってきた胃袋ではあるが、にもかかわらず時間が経てば腹は減る。前夜の不眠も、風の音によるものではなく、むしろ空腹が原因だったかもしれない。14時ごろ、配達の人が来てくれて、食料品の小さな山の中に、ぐるぐる巻いたパンがあった。それをお茶と一緒にむさぼりながら、ありがたいありがたいとこころの中で念じていた。

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 ココイチさんの場合、手仕込シリーズでなければ別添のソースが付かないので、台所にあるウースターソースを掛けて食べる。

慾望

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 春になると長崎の老舗から桃カステラをはじめとする菓子の案内が届く。どれにしようかしらと迷っているうちに、桃どころか桜の季節もやってきて、このごろでは専らヤマザキの桃山饅頭が好物で、なんとなれば、ヤマザキの饅頭はネットスーパーで注文してその日のうちに食べられるから。

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24歳、東京へ移るか

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 きょう、はてなのホットエントリで見掛けた匿名ダイアリーのひとつに、24歳の最終学歴が高校卒である女性が同居する年金受給者で彼女の扶養に入っているお母さんと離れて、東京で新たな職をみつけて心機一転、暮らし始めたいと書いていた。申告通りの書き手が実在するとしても、わたしはそういう人に東京にきたらいいとたとえブックマークコメントであっても書きづらいので、そのアノニマスダイアリーのエントリを読んで自分の思ったことをこのブログで書くことにする。

 その24歳のいまの居住地がどこなのかわたしはしらない。目指す場所が東京なので、いま、彼女は東京駅まで新幹線で1時間少しの北関東に住んでいるのかもしれないし、バスと飛行機を乗り継いで3時間ぐらいの宮崎の南のほうかもしれない。「大阪に出たい」「名古屋で暮らしたい」というなら、近畿圏や中京圏あたりかもとも思うけれども、東京は全国区の都会で、いろんなところから若い人も若くない人もやってくるから、24歳の彼女のいまの住まいと東京との距離はわからない。出てくるとしたら、あまり離れていないといいね。

 たぶん彼女の心をくたびれさせているのは、仕事の単調さと人間関係の悪さ、「出会い」の機会の乏しさ、お母さんの老化と健康不安だろうか。40年前なら、地方に住まう高卒で24歳の女には、縁談が持ち込まれ、実家からそれほど離れていない場所か、もしかしたら父親の亡くなった実家そのものに次男坊の夫が移り住んで始まる結婚生活というものがあった。仕事の中味が大きく変わることも、結婚した相手が申し分なくすてきな夫であることも、それほど期待できないが、少なくとも、ぼんやりと毎日毎日毎日毎日かなしい思いをしながら、実家と職場を往復するだけの日常よりは彩りというものがあった。その彩りが、40年後の現在、「地方」と一括りにされる人口密度の大きくない地域の、とりわけ過疎の町にあるかといえば、ない。

 24歳の彼女には、15歳の高校進学時、18歳の高校卒業時、20歳の成人時、節目節目にその何年か先のことを一緒に考えて、行く先を示してくれる親や親戚や先生がいなかったか、いても有効な指導は得られなかった。……でも、多かれ少なかれ、皆、そういう感じで、おおごとにならないのは、実家に経済的余裕があったり本人の頑張りがかなりなものであったり、そういう場合に限られている。

 そいつとは一緒になるなあ、都会に出たかてなんも変わらんぞう、おまえここに住んで心斎橋には月1回服買いに出ればええやろが、と、親戚のおじさんおばさんは喉元まで出掛かったことばをなんとか飲み下す。それは、無茶をして傷ついたとしても帰ってくる場所ならあるからという温かい気持ちからではない。そういう状況はもう四半世紀前に消え失せた。ここから出て何年かしてまた帰ってくる場所などない、それどころか、このままここにいてもいずれ食べていけなくなる。だから出て行く若い人やまあまあ若い人を引き留めることはできないのだ。

 

  その点、大阪の新興住宅街育ちの美人姉妹が東京で暮らすこの話はうら寂しさは一重なのでわりと楽に読める。

 

  これは、京都在住の3人きょうだい(姉、妹、弟)の話で、東京に出て行くのは弟。この、まあまあもてる弟の女性遍歴を思うと、そろそろあの生粋の京都人の随筆にも手を出さねばとも。