ぴょん記

こつこつ憶える

風びゅうびゅうの日曜日

 電車に乗って2つ隣の駅のまちへ。外に出た途端、強風でもって鼻先を引き回されるような情けなさ。それでも東京はまだ晴れて気温もそこそこ高かった。さて、出掛けた先ではコーヒーを買い、麻婆麺を食べた。いちおう、その店ではいちばん辛い麺類ということになっているけれども、揚げた唐辛子が2本ほど載せてある程度のごく穏便なものだ。ところが残念なことに、量が多い。麺のみならず豆腐も入っているので(麻婆茄子には豆腐は入っていないのに、この麻婆麺には豆腐が入っている。)、けっこう早めに食べ詰まった。それを押して食べていると、次は腸がきりきりと痛んだ。このごろのわたしの腸の痛みは、かならずしもその後の下瀉を伴わないもので、堪えているとたいてい収まる。食事を終えて、いつものように徐々に回復してきたお腹に喜びつつ、買いものを済ませて帰宅。そうそう、この日、ほとんど5年ぶりにお化粧したのだった。前のが古くなっていたり行方不明になっていたりしたので、ほとんど全部新しいのを揃え直したけど。

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夜は誕生会もどき

 

冷たい朝の週末

 土曜日は、朝のうちに、コンビニエンスストアに行って、支払を済ませ、プレミアム肉まんなどを買って帰った。プレミアムというのは、普通の肉まんと比較して、具も多少はよいものを使っているのだろうが、皮のなかの粉の割合が大きいようだ。多めの小麦粉を時間をかけて膨らしている感じ。蓬莱の551の豚まんや、維新號の中華まんほどではないが、がっしりした食べ応え。

 24個の小さいお菓子が入った袋を買って、日替わりで食べられるように暦に貼ろうとしたら、ひとつひとつの袋に案外重みがあって、なかなかうまくいかなかった。最後はセロテープで台紙に貼り付ける感じになって、十二夜の終わりまでをロマンチックに過ごすというよりは、計画的にお菓子を食べるための、ほんとうに実務的なものになった。頽れるようにして眠る。

 

国史大系 日本三代実録 前篇 (新訂増補 普及版)
 

  六国史も終わりのほうになると、文庫本で手軽に入手できるという感じではなくなる。いまやっと『日本後紀』の半ばなので、『続日本後紀』を読み終えるのは、来年の春過ぎたころになるだろうが。『続日本後紀』までは、講談社学術文庫で揃えられる。さて、そのあとの『日本文徳天皇実録』『日本三代実録』のテキストはどうしたものか。

どろりとした生活感

 絵に描いたような駄目な感じの平日。ライオンの新しい台所洗剤Magicaで皿をつるつるに洗い上げて、洗濯機を回し、自分の身体にもシャワーを浴びせた。このところ髪の世話に時間がかかるようになったので、髪は夜に洗うようにしている。まあ、どのように梳き櫛を当てても、まっすぐにはならない。それから、何年も袋に入れたまま押したり潰したりしていた毛糸の復讐を受けて、毛糸がその中心からするすると出てこない呪いに苦しむ。片側には編みかけの斜め編みマフラーが輪針をぶら下げたままあるのに、もう片側の毛糸は複雑に絡み合ってしかも何ヶ所も堅い結び目になっている。毛糸の染め色がマフラーの出来上がりに大きく影響するものなので、面倒な箇所を切り取って、無難に出てくる糸と編みかけマフラーの続きの糸とを結い合わせて、というわけにはいかない。疲れて転がった途端、30秒で家族がコロッケの挟まったパンなどをもって帰宅。景品のお皿がどうしても2枚ほしかったのだとか。それをいただいたら、本格的に眠気がやってきた。寝て起きて、サバを焼いて炒飯に、きのうの残りの豆腐汁。

 奈良家裁の今回の判断には、皆いろいろと考えるところがあることだろう。紛れもなく、自分と、妻であった相手との間に生まれた子であるのに、法的には子でないと主張するに至った男性の気持ちを思う。いずれ生い立つその子の思い、また、同父同母である、上の子の胸のうちも。そもそも、母である女性は、なぜ別居中の男性の了解を得ることなく、クリニックに保存しておいた受精卵を移植することにしたのか。

 一般に、いずれ移植して産むとして受精卵を保存する場合、移植時に夫との仲がどうなっているかわからない。もしかしたら同意を得られずに移植することができない可能性もあるから、若くて状態のよい未受精卵も一緒に採っておくべきなのか。

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キタアカリ、揚げた

 

『炭に白蓮』第3巻(完結)

 第1巻・第2巻とeBookJapanで購入したので、最終巻となる第3巻の「予約」がKindleでしか表示されていなかったけど、なんとかもちこたえて、eBJで揃えた。

 一代で財をなした炭鉱主のもとへ嫁いでいった華族の女。「筑豊の女王」と呼ばれ、その才華を讃えられながらも、7歳下の男性のもとへ奔る。なぜその「事件」が起こったのか、作者独特の解釈が展開されているから興味深くて、寝る前に落とせなかったので、今朝5時に起きて冷めたお茶を啜り啜りしまいまでとうとう読んでしまった。

 

  NHK連続ドラマ『花子とアン』で、炭鉱王・嘉納伝助が卓袱台を飛び越えるシーンとか、映画『花戦さ』では、佐藤浩市の利休が秀吉に頭を足袋はだしで踏み付けられる描写とか、そういう殊に印象的な場面ばかり観ているように書くけど、それだけじゃないんだ。

事始め

 うちは都内の集合住宅住まいなので、正月事始めとして特になにをするわけではないけれど、せっかくなので新しく届いた来年の1月1日から始まる日記の裏付けに連絡先など記入してみた。

 この日記は、5年間使い続けられる。わたしは、そこに紙があれば文字を書く、文章を綴るほうなので、最小限、机に向かえる体調が維持できるならば、1冊使い切ることができることと思う。

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WEEKS/オリジナル/ほぼ日5年手帳

 

きのう割れたカップ

 朝、シンクに夜の間に使ったカップを置いたところ、「かしゃん」という軽い音がして、縞の模様のカップが割れた。これは、なにかとむちゃくちゃなことが起こった2回目の長期入院のときに使い始めた品だなあと一瞬の感慨に耽ったあと、軽く濯いで袋に詰めて廃棄箱へ。これは2回目の長期入院に限らないことだけど、薬で免疫力を抑え付けている状態のとき、風邪をはじめとする感染症にかかった患者やその家族たちが足繁く出入りする病棟に留め置かれるのがどうにもこうにも不安で、不快で、不都合だった。

 3回の長期入院のあと、何回か2泊や3泊の短期入院を繰り返した。さらに免疫力を抑えるためにより強い薬を身体に入れたり、眼球を詰め替えられたり縫い直されたり。退院の予定日がわかっているそうした入院でも、少なくともわくわくして病室で荷ほどきをすることはない。たいていは入院ぎりぎりまで仕事と家の用事をこなしているので、軽い服に着替えたあとはぐうぐう寝て過ごす。ベッドのそばにテレビはあるけど、もともと観ないので。

 ともかく、4年前に手に入れたカップが1個割れた。そして、わたし本人は、まだ生きている。

 

  ヤマシタトモコさんの旧作は、これでいちおう読み通したことになるのかもしれない。人間が剥き出しにされて、必ずしも好意的ではない無数の視線を浴びている、そんなひりつくような寂しさを初期の作品には感じる。

蒟蒻の新芋

 いつも買う、厚さ2センチ程度の長方形の蒟蒻ではなく、新芋の蒟蒻は、7センチ角の立方体に近い形状で届く。そして、処理の関係か、賞味期限がずいぶん早く来る。長めのおとうふ並だ。年をとってから、わたしは、蒟蒻を好むようになり、関東煮(かんとうだき。おでんに近い。)では、大根1本使うところに、長方形の蒟蒻を2枚、1枚を3等分にしたのを斜めに割って6個(そのあと、この直角三角形の側面に隠し包丁を入れる。)、2枚分で都合12個加える。うちの関東煮は、これに茹で卵、魚肉のすり身の揚げたの各種、油揚げに餅を詰めた袋が入る。鯖節などと塩、酒で時間をかけて執念深く煮るので、まあまあおいしい。なかでも、澄ました顔で、いろんな具や出汁のおいしいところをいつのまにか吸い込んでしまう、蒟蒻(と大根)は、特によい。

 さて、新芋の蒟蒻である。これは、比較的小口に切って、まず塩を加えた熱湯で5分間茹でる。父方の伯母が自宅で作ってファーマーズマーケットに卸していた蒟蒻に比べると、相当柔らかい。伯母のは、なんというか、かなり凶暴な堅さで、だからこそ、圧力鍋を用いた塊肉との煮合わせなどにはきっと重宝したのだろう。それほどでもないうちの新芋の蒟蒻は、下茹でが済んでからは、実に穏便に普通の鍋で、人参や鶏もも肉と、喜界糖や酒、昆布だしで煮られている。煮物は、一般に、火に掛けられて煮詰められているときと、冷まされているときの両方で、内側にうま味が浸透するらしいので、時間があるときは午後早めに火を通しておいて、あとは放っておく。

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ファミリーマートの「忖度御膳」