ぴょん記

はてなスターはじめました 2022/04/19

ロールキャベツを巻いてみた

 わたしのツイッターのFF関係の奥さんがたのなかには、お料理の上手な方が何人もおいでで、ツイッターを眺めているだけで、食べたいな回路がひとりでに発動して、おかずを作るような体質にすっかり変わりましたので、ほんとうにいつもありがとうございます。

 数日来、ツイッターにて、ロールキャベツの文字を見掛けることがままあり、先週、大きなキャベツが生協宅配で届いたのを思い出して、本日、圧力鍋でトマト風味のロールキャベツを巻いてみた。

 キャベツをひっくり返して、一番外側の葉から順々に6枚剥がした。それをよく洗って、熱湯で数分ぐらぐらと煮て、笊にとって冷ました。その葉で包む種は、牛豚の合挽肉、たまねぎのみじん切り、食パンを刻んだ生パン粉、牛乳少し、生卵ぐらいだ。あとで、塩少しと赤ワインほんの少しも入れた。途中までポリエチレンの手袋で捏ねていたが、いよいよキャベツの葉で包むというときになるとやはり素手で作業をしたくなって手袋を脱ぎ、丸めた種をキャベツで包んでは楊枝で留めるというのを繰り返して、圧力鍋の底に隙間なく詰めた。

 それにカゴメの基本のトマトソースと水を合わせて400mlぐらいと鶏ガラスープ、塩と胡椒を加えて、加圧が10分で自然放置して出来上がった。

 かなり久しぶり、もしかしたら10年ぶりぐらいの作業だったけど、わりとおいしくできました。

 

 

ユーモラスで、だけど悲しい

 年末年始に、NHKで、中国の武漢市で「鬼城」と呼ばれる、建築途中であるにもかかわらず、建築業者と連絡がつかなくなった集合住宅を購入してしまった人々のドキュメンタリーを見た。その集合住宅は、内装もできていないし、水道もなく、電気もきていない。電気がないと困るので、近所の住民から違法だけど相場の3倍ぐらいの値段で電気を売ってもらう。もうお金を払ってしまったので、行政になんとかしてと働きかけつつ、内装も水道も電気もないないだらけの集合住宅で暮らし始める。理由は多々あれど、結局は皆、そこに住むしかないからだ。

 それが2020年あたりの中国の地方都市である武漢の実情だった、一方、こちらの小説は、2010年より前の上海市が舞台になっている。有名大学を出た30代になったばかりのカップルが、地方出身でふつうの庶民の息子娘であるために、住宅を取得するために筆舌に尽くしがたい苦難に晒される。もともと中国の不動産は、土地の利用権で期限も70年と区切られているのだが、上海のいい場所にあるマンションは、ふつうの勤め人の100年分の年収ほどの価格がする。よい住居を取得して、田舎の両親に預けている息子を引き取りたいという望みをもつ妻は、自分も副業に精を出すと同時に、金銭に淡泊な夫にさかんに発破をかけて、余計に稼ぐように焚き付ける。

 テレビドラマになって、熱心な視聴者を得たこともあるというこの小説、各場面の繋ぎ方が、ほんとうに上手で、独特の疾走感があった。

 

上海、かたつむりの家

上海、かたつむりの家

  • 作者:六六
  • プレジデント社
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火曜は雨降り

 朝から冷たい雨が降り始めた。ダイソンのハンディクリーナーのメンテナンスをして吸い込みの力を回復させた。それから床に箒を掛け、集めたごみをハンディクリーナーで吸い込み、を繰り返していたら、次工程のセスキシートで雑巾掛けについては、きょうはやらなくてよいという気分になってきた。

 目がしょぼしょぼするけれど、とりあえず机に向かう。夜は、おみやげの崎陽軒シウマイ弁当とシウマイ。シウマイを都合12個も食べてしまう。おかげで、弁当に入っていた鶏の唐揚げは、自分では食べきれなくて家族にあげた。崎陽軒さんのシウマイ弁当のうち、カジキの煮付けとざくざくに刻んだ筍の煮物、塩味強めの昆布の佃煮は、弁松さんの並六などに入っているのと似ていて、そういうのが旧い関東の弁当の基本なのだろうか。

 九州のある田舎では、かつて集まりのたびに「折」が配られた。酒席で開けて振る舞い酒の肴として食べてもよいし、そのまま家に持ち帰ってもよい。その折は、正方形のしっかりめの経木でできていて、鯛の炙ったのや蒲鉾や筑前煮が入っている。家に持ち帰られたそれは薄めのだしを加えて念入りに煮返されて、家族の食卓に上がるのだけど、炙られた上に煮られた鯛がいかにも気の毒で、あまり副え箸に手を伸ばせなかった記憶がある。

 折には飯も詰められていて、その飯粒を全て取り除いて、きれいに濯いでおく。水気が切れて生乾き以上になったら、ぱきぱきと割って風呂の焚き口にくべる。風呂の焚き口から前夜の薪の灰を除き、ちょっとした紙屑や間伐材を割って作った薪を燃やして風呂を温めるのはわたしの仕事の一部でもあったので、折の割ったのも燃料にしていたのだ。いまは、都市ガスで温めた風呂に入り、どんなものでも自家では燃やさずにごみに出してしまう。

 

 

『鎌倉殿の13人』第1回

 これから一年間、週に1回の放送が始まるに当たって、いわゆる掴みとしては、120パーセントの内容の第1回だったと思う。北条時政を演じる坂東彌十郎が、牧の方を後妻として北条館に迎えるにあたって、です/ます体でもってこどもらにことの経緯を説明しているところなど、とても新鮮だった。転じて、館のなかに佐殿を匿っていると知らされたときの狼狽、すかさず佐殿に挨拶するときの畏まりかた、そして挨拶が終わってのちの肩の荷が下りたのか砕けすぎるコメントまで、彌十郎丈の軽妙洒脱な演技に目が釘付けであった。そんなコミカルな時政であるが、祖父でもある伊東祐親に応対しようとする長子宗時には、お前が敵う相手ではないと父親らしく自分が矢面に立つ覚悟を見せる。鎌倉政権は、時政が長女の政子を頼朝の室に納れることを諾わなければ、たぶん成立しなかっただろうから、この人物の存在は重要である。

 そして、片岡愛之助演じる宗時とは、この人が永らえていたらならば義時はいったいどうなっていたかを思うと、まあ、重要な人である。北条を継ぐ兄と、将軍に嫁いだ姉に仕えて一生を終えていたかもしれない弟、それが北条義時だ。

 

 

また胃が半日ストライキ

 きのうのカレーソースの残りで、朝食にはカレーうどんを出すと約束していたので、朝から12分間かけてうどんを茹でる。一把だけ茹でるのにガスを使うのは勿体ない気もするし、だから世の中には冷凍うどんという便利なものがあるのだろうが、あいにくうちには冷凍うどんの在庫がないので、トップバリュの乾麺を茹でる。それも丁寧に。

 カレーソースは予め温めておいて、別に沸かしたお湯で、麺鉢の中で濃縮つゆを規定より塩気少なめに7倍くらいに薄める。カレーソースはそこそこ塩分が多いので、うどんの汁のほうは薄めでいいのだ。待っている間に九条葱の緑の部分と白い部分を多めに刻む。そして、ようやく茹で上がった釜揚げのうどんをざるに取って水気を切って麺鉢の汁に沈め、カレーソースをのせて、最後に九条葱を散らす。

 家族がそのカレーうどんをおいしそうに平らげるのを横目で眺めながら、みかんを1個食べる。

 年初から続けていた仕事を日曜のうちに仕上げると決めていたので、洗濯をしたほかは、終日机に向かっていた。

 みかんと飴と茶碗蒸し1碗で、夕方まで頭をこきつかったので、当社比にしてもかなり遅い。やっと机から離脱した夕食は、余りごはんが少しあったので、わたしは牛皿をとって自家で牛丼にして、家族は「アタマノオオモリ」という、大河ドラマの登場人物にいてもおかしくない牛丼を選んでいた。おいしいよ、吉野家。「お新香」200円も、白菜ぎっしりでうれしいですね。

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ペアのシャワージェルが気に入ったので現品を購入した。

 保湿クリームも補充しておいた。

 

カレーライスを炊きました

 先月、牛丼を炊くときに使った牛バラ肉のスライスがまだふた盛り、冷凍庫にあった。この牛バラ肉は、牛丼にすると、とてもおいしいのだけど、1回に500gを煮て、多少の紆余曲折はあれどふたりでぺろりと平らげてしまうのであまりに危険すぎる。

 だから200gだけ切り出して、少しだけ高価なカレールーでカレーソースにしてみた。人参はともかく、じゃがいもと玉ねぎは11月中に届いた少々ひねものになったやつで、水分が抜けてくったりとした根菜は素直に皮を脱いで炒められてくれる。ほかにしめじを入れた。根から切られて袋に封入された、わたしのひいきの品。

 わたしは、あいかわらず胃が疲れていて、大人0.8人前が平らげられなかったけれど、家族が若干お代わりするまでよく食べてくれたのでそれはそれでよかった。

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白くまさんが鮭を頭から食べようとしている。

 

なんとも身体の弱い爨ぎ女であることよ

 朝の4時くらいまで寝床でぶらぶらして寝たら、7時前に猛烈な差し込み。胃と十二指腸、小腸、大腸全域に、ほとんど顔色の変わるようなきびしい痛みが襲いかかる。自分は食欲どころではないけれど、パンを炙って、目玉焼きをその上に置いて、紅茶を淹れて、バナナと一緒に出す。今週は、エクアドル産。そして、事情を話したうえで、体幹部をぐるりと薄い毛布で巻いて10時近くまで寝て過ごした。

 昼も自分は食べられないけれど、白いごはんと甘塩の鮭、里芋と九条葱の味噌汁は出した。やっと食欲が出てきたのは、午後のぜんざいのころで、結局、餅をふたつもたべてしまった。

 午後、5年日記を書くときに見直すと、毎年この寒の入りのあたりに、わたしの胃はしばしば活動を停止するようだ。なるほど七草がゆというものは、人間の活動によく適したものであり、そういう点ではわたしも紛れもなく人間なのだと思う。とはいいながら、夕食には、袋ラーメン少しと冷凍の焼売を5つ、ぺろりと平らげてしまった。