ぴょん記

上古文学、外国語、数学、調理、編みもの、縫いもの、競争法

紐を縫う

 わたしの母方の祖母は、祖父のところに嫁入ったのではあるが、祖父が海軍に勤務していたので自分の実家の近くで暮らしていた。戦後、外地から引き上げてきた夫と再会した彼女は、わたしの母には叔母にあたる娘を産んでしばらくすると亡くなってしまった。祖父は、長らく再婚することもなく、死んだ女房の実家のそばで、息子と娘たちを育てながら公務員として働いた。家事の多くは祖母が亡くなった当時ローティーンだったわたしの母が担っていたものの、至らぬ部分は、祖母の母である曾祖母が何くれとなく世話を焼いていたという。やがて結婚した母は、実家の近くで暮らした。だから、曾祖母とわたしはごく近くで生活していた。曾祖母は、わたしが物心ついたころには、小さく凋んでおとなしくなっていたが、とにかく裁つこと縫うことが好きであった。端切れを溜めておいては、ふとんがわや腰紐に縫う。浴衣や、単衣くらいは80歳を過ぎても、ひとりで達者に仕立てていたが、その合間に、腰紐を縫う。わたしは、曾祖母の長女の長女の長女であったから、運針そのものを直接習ったのではないかと思う。もうそのあたりの記憶が、わたし自身の加齢に伴って曖昧になりつつあるのだが、きょうだいのサロペットの小さな留め金が2つ余ったので、それをバックルにして人形の靴を縫ったりしていたのが、ずいぶん小さいころだ。ほかに絵も字も上手くならなかったし、肝心の針目自体、真っ直ぐでも均等でもないけれど、縫うことや編むことは、調理と同様に、わたしに、考える前に手を動かすことを覚えさせてくれたように思う。

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紐作りは、ひっくり返すときがいちばん楽しい