ぴょん記

きょうからしばらく雨降る日々

『細雪』のお財布事情

第9回 『細雪』ーー谷崎の「食」の書きっぷり(1)|K氏の大阪ブンガク論|みんなのミシマガジン

 これを面白く読ませていただいたのがきっかけで、谷崎『細雪』を読み直すことにした。ちょうど3日ほど時間ができたので、読むにはすぐ読めた。そして、もっと若いころに読んだときには気づかなかったことがぽろぽろ出てきたのには驚いた。

 それはともかく、お金の話である。蒔岡家の姉妹らが船場の職住近接の家に住んでいたころ、ご近所だった「奥畑の啓ぼん」は、四女妙子の失敗した駆け落ちの相手であり、その後も妙子と連絡を取り合う仲であった。貴金属商の三男坊で、店の品物を持ち出しては妙子にプレゼントしたり、花柳界で放蕩したりを繰り返す、妙子にいわせればなんの取り柄もない青年である。その「奥畑の啓ぼん」が、物語の終盤、妙子と別れるについて彼女に用立てたお金を返してほしいと、次女の幸子の夫である貞之助に談判しにくる。「奥畑の啓ぼん」が、恋愛相手の義兄に話を持ちかけてきたのにはもちろん理由がある。『細雪』は、英訳名が The Makioka Sisters とされているように、かつて船場の富裕な商家であった蒔岡家が昭和10年代のどんどん戦時色が濃くなる時代にじわじわ零落していく滅びの美を四姉妹のうち三女の雪子の縁談を絡めて描写している。姉妹が順に結婚することを大切にする彼らは、長女の鶴子が養子を迎えて本家を継ぎ、上本町に住んでいる。次女の幸子もまた、計理士の貞之助を養子にして芦屋に分家した。幸子が結婚したところで先代である父は亡くなったので、雪子と妙子の結婚は、長女夫妻と次女夫妻の責任である。ところが雪子の結婚がなかなか決まらないので妙子が焦れて例の駆け落ち騒動を起こしたり、職業婦人として自立したいので自分の分の結婚費用に当たる分を本家に出させようとしたりする。そういう奔放な妙子が「奥畑の啓ぼん」になにやかにやで出させたお金が、1983年の東宝映画『細雪』では2000円といい、雪子と妙子が身を寄せていた芦屋の分家の主である貞之助が請求から5日後に、この件を本家に相談なく支払っている。1936年の大卒者初任給が70円ぐらいだったと記憶しているけど、妙子が誂えたラクダのコートが350円というのだから、この人たちのお金の使い方は、零落したとはいえ、到底庶民のそれではない。「奥畑の啓ぼん」が貞之助に2000円を請求したのは、それは別に彼が妙子に振られた遺恨を込めて高く吹っかけたわけではなく、実際にそのくらいは払っていたのだろう。

 その大金を、原作では計理士、映画の中では百貨店の呉服部の部長さんである貞之助は、自分のところに義妹を預かっていた時期の出費だから、といってぽんと出す。軍需会社の株でけっこう儲けたらしいが。

 年来の不行跡が祟って、兄の代になった実家、庇ってくれる母の没した実家から勘当された「奥畑の啓ぼん」は、貞之助から大卒初任給の約28か月分のお金を渡されたわけだけど、彼の遣いかたでは、おそらく半年もたない。一方、妙子は、奥畑貴金属店の元丁稚でアメリカ帰りの板倉というカメラマンとの悲しい別れを経て、バーテンダーの三好という実のありそうな男と結ばれる。

 なんにせよ、はなは好いていた同士が別れ際にお金のことで揉めるのは、せつない。

 

 

 

 

 

 

 

 

細雪

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