ぴょん記

上古文学、外国語、数学、調理、編みもの、縫いもの、競争法

編む時間、じつはここにはいない

 昨夜は民放の衛星放送で、「桃太郎侍」「鬼平犯科帳」のドラマ2本立てだった。昭和後期の演出や小道具を楽しみながら、編み物をする。

 このところ、現在過去未来の身内のもめ事を掘り返す毎日で、大半がカネ絡みのトラブルであるが、資産がいまの10倍、あるいは100倍あれば争いの発生を回避できるという見通しも立たない。より多くのカネが目先に転がっていれば、きっともっと欲深くなる。遊び金があればこそ、生活が否応なしに簡素であれば手を出さないはずの享楽に親しみがちにもなろう。ああいったいどうだったらよかったのだろうと、自分が生まれる前に起こってしまったことを悔やむ。

 昨夜放送分の「鬼平」は、老いた盗賊のおかしらが手下や情婦に裏切られて消されそうになるが、長谷川平蔵の朋友の助けを借りて、見事離反した者たちを手打ちにしたという悪漢小説だった。

 頭では、テレビの画面の中の偽の江戸時代と、頭の中の昭和の前半とを忙しく行き来しながら、指先は腹巻き帽子をぐるぐる輪針で編んでいた。その時間、わたしの魂は居間にはなかった。

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 氷で冷やしたトマトをたくさん食べた日でもあった。