ぴょん記

上古文学、外国語、数学、調理、編みもの、縫いもの、競争法

明くる朝の落着点

 落着であっても終着ではないし、ましてや祝着できることはなにひとつない。

 今回、新潟県知事の辞任の発端となったのは、週刊誌の記事で、その内容は、彼が女子大学生と出会い系サイトで知り合って関係し、お金を渡していたことなどだという。生身の人間から性的な快楽を得るために、人は、お金その他の利益や行為、情報を直接間接に対価として支払うことがある。道端で殴って自分の塒に連れ込んで無理に犯した後、口封じに殺すような場合には、その対価さえ、ない。

 今回のスキャンダルは、不法に何らかの便宜を図ってもらうために、業者が女の人を差し出して、知事が彼女と数時間を密室で過ごしたというような性質のものではない。そして、知事には、配偶者がない。買春としても、とりわけ筋の悪い類型とも言い切れない。それでもなお、知事という地位の高さ、県民の付託に応えるべき職責の重さに鑑みれば、辞任は相当の判断といえる。つきあう相手と状況次第では、一般人とは比較にならないほどの惨事を引き起こすことも十分に考えられるのが、都道府県知事の権限の大きさなのだから。

 とはいうものの、だからこそ、どの業者、いかなる政治勢力とも関わりのない、しがらみのない相手を出会い系サイトで自ら見つけたのだという理由付けがかりになされたとしても、お金を渡していた、他にも何人かいた、という事実の前にはたちまちふらついてしまう。

 

 

 

  もっとも、週刊誌に「独占告白」した女子大学生のこと、この知事が「好きでした」と言ったのは本当のところだろう(「結婚したかった。」については、あえてなにもいうまい。)。したこと全体は褒められたものではなくても、ひとりの人間が、会うたびごとにお金を渡していた相手のことを好きであっても何らおかしくはないし、また、そこは他人が嗤うべきポイントでもない。