ぴょん記

お暑うございます。

誰がための美なりや

 いろいろあったので、15年前くらいから、現代社会における美容とか美粧とか美しいいでたちというものは、陸戦兵士の装備やスキルとパラレルに語られるたぐいに属すると思うようになった。そして、わたし個人は、もう装うこときれいにすることにすっかり倦んでしまったので、美しさが武器になる、そして美しくないことが弱点となるユニットには、はじめから参加しないように心掛けている。平たくいえば、もはや同性の視線ですら、しばらくは、いや、できればずっと、ご遠慮申し上げたいくらいに。

 きのう、Amazon Primeの読み放題で、雑誌クロワッサンの美容特集を読んだ。下のリンクは、AmazonKindleでの当該号がきちんと表示されないので、やむをえず楽天市場のを貼っている。誌面は上品なのに、 「きれいに」、そして、「若く」見られたいという読者の欲望と、「売りたい」というメーカーの願望が丁々発止の掛け合いを演じていて、なかなか読み応えがあった。ただし、「美容」当事者として読むには、かなりかたはらいたい箇所がみられた。やはり、わたしは、ここでも脱落組だ。

心ときめきするもの

(中略)

頭洗ひ化粧じて、香にしみたる衣著たる。殊に見る人なき所にても、心のうちはなほをかし。

 

枕草子』第29段から 

 米の研ぎ汁を使って洗い、櫛を通しながら美男葛の煮つめたので艶出しをしたという当時の髪洗いは、洗ってから乾き上がるまで半日を要する作業だったという。それが終わってから顔を作って、よく香をたきしめた衣装を身につけて、これから身分の高い人の前に出るわけでも、恋人に会うわけでもないけれど、昂揚した気分になる、と千年前の佳人たちは語ったという。

 そこは、少し共感するわ。