ぴょん記

こつこつ憶える

トゥモローワールド children of men

 2日に、わしわし仕事を片付けたので、3日は調整日にした。WOWOWで録画されていた、「ふたがしら」第3話をみて、それから、映画「トゥモローワールド」へ。両方とも原作あり。

 

ふたがしら(1) (IKKI COMIX)

 

トゥモロー・ワールド (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 原題「人類の子供たち」のほうは、前にも書いたようにディストピアものである。人間の生殖能力が失われて18年経ったイギリスで、主人公の中年男性セオは、大臣の従兄弟で高級官僚としてまあまあ恵まれた暮らしを営んでいるのだが、たえず不安に襲われている。その不安が個人としての寂しさなのかそれとも早晩絶えてしまう種族の一員としての怖れなのかはたまたいろんなものの結果としての苦悩なのかは定かではない。そんな彼のもとに、大昔に別れた妻がひとりの若い女性・キーを連れてくる。彼女を政府による封鎖線の向こうへ送り届けてほしいといって。

 

 別れた妻をはじめとする、このキーを護ろうとする善意の人々に救われて、「敵」の追撃を躱しながら、セオは、旅を続ける。赤ん坊が一切生まれない、継がせるべき者がいない共同体は、ここまで絶望し、枯れ果てるものだとみせつける、荒涼とした世界が目の前に広がる。政治や経済が破綻し、十分な公共サービスが提供されなくなった各国からイギリスへ不法移民が押し寄せ、自国民だけでいっぱいいっぱいなイギリス政府は、摘発した不法移民を見捨てた地方都市を囲い込んで造った一種のゲットーに押し込めている。そこを越えなければ、キーの目指す地点へは行けない。

 

 おりしも勃発する過激派と政府軍との殲滅戦。国を支える若い労働力となる子供の出生を渇望しながらもはたせずにいることが、よろよろになってなんとか同じ国にたどりついた不法移民たちを巻き添えにしてどんどん死なせていっても恬として恥じない矛盾した状況を作出している。国やある程度の大きさをもつ共同体は、宿命的に乾いたゲゼルシャフトであることを求められるものなのか。

 

 最後のシーンで、瀕死のセオとなんとか無疵なキー、あと1名を載せたボートの上を高速機が2つ通過して、やがてセオたちが数時間前に後にしたゲットーが一瞬のうちに炎に包まれる。

 

 ほとんど未来的な仕掛けがないにもかかわらず、そういう2027年もあるかもしれんなと思わせるものがある映画である。