ぴょん記

食べる、遊ぶ、学ぶ。

エビデンス社会

 ふと、実に安易に、「エビデンス社会」なる語を思いついた*1。きのう、自分ひとりのためのひるめしを用意していたときのことだ。

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炒飯の素さえもつかわない簡素な炒飯

 この玉ねぎとハムと卵が入った炒飯に、刻み九条葱を添えたほうが写真としてよいのではないかと思ったのが、「エビデンス社会」という語を思いついた機縁だ。インスタグラムとツイッターは休止中で、はてなフォトライフに写真をアップしてはこのブログに引用するのが関の山なのがわたしの写真生活なのに、それでも「彩りよいめしを食べる自分」の証拠としての緑の散った炒飯の写真を撮ろうと一旦は思いつくのだ。玉ねぎに九条葱はなんとなくあれなので実施しなかったけど。

 ときに無用の嫉妬を掻き立ててでも、なにかに参加したりなにかを所有したりすることの証しを積み重ねなければ容易に収まらないこの衝動、いったいほかの生物のどんな行いに類似の点を見つけられるというのだろうか。

*1:さすがに既出だろうか。