姪のアナスタシアがそろそろ2歳の誕生日を迎えるところである。遠いところで生い立つ彼女の様子が、年末に届けられた数葉の写真で、手に取るようにわかるかというとそこは難しかったのだが、さきほどいきなり電話で、アナの声を聞かされて、もうベビーではなく、小さいとはいえひとりの女の子だなと思った。
わたしは、自分の本当に小さかったときの記憶をもたない。写真も、はっきりと自分とわかるものは4歳か5歳から始まる。蔦の這う煉瓦塀が続く、両側に大きな木が枝を広げる幅の広い道や、雨戸を開けると目映いばかりの光を反射する雪の壁のてっぺんが見えて、ひきかえ、こちらは薄暗かった朝の情景が、それ以前のわたしの小さな暮らしのよすがである。気が付いたら、田舎の公民館の台所で、鍋の火の番をしていた。
アナのこれからの人生に少しでも幸いが多くありますように。