ぴょん記

こつこつ憶える

24歳、東京へ移るか

 きょう、はてなのホットエントリで見掛けた匿名ダイアリーのひとつに、24歳の最終学歴が高校卒である女性が同居する年金受給者で彼女の扶養に入っているお母さんと離れて、東京で新たな職をみつけて心機一転、暮らし始めたいと書いていた。申告通りの書き手が実在するとしても、わたしはそういう人に東京にきたらいいとたとえブックマークコメントであっても書きづらいので、そのアノニマスダイアリーのエントリを読んで自分の思ったことをこのブログで書くことにする。

 その24歳のいまの居住地がどこなのかわたしはしらない。目指す場所が東京なので、いま、彼女は東京駅まで新幹線で1時間少しの北関東に住んでいるのかもしれないし、バスと飛行機を乗り継いで3時間ぐらいの宮崎の南のほうかもしれない。「大阪に出たい」「名古屋で暮らしたい」というなら、近畿圏や中京圏あたりかもとも思うけれども、東京は全国区の都会で、いろんなところから若い人も若くない人もやってくるから、24歳の彼女のいまの住まいと東京との距離はわからない。出てくるとしたら、あまり離れていないといいね。

 たぶん彼女の心をくたびれさせているのは、仕事の単調さと人間関係の悪さ、「出会い」の機会の乏しさ、お母さんの老化と健康不安だろうか。40年前なら、地方に住まう高卒で24歳の女には、縁談が持ち込まれ、実家からそれほど離れていない場所か、もしかしたら父親の亡くなった実家そのものに次男坊の夫が移り住んで始まる結婚生活というものがあった。仕事の中味が大きく変わることも、結婚した相手が申し分なくすてきな夫であることも、それほど期待できないが、少なくとも、ぼんやりと毎日毎日毎日毎日かなしい思いをしながら、実家と職場を往復するだけの日常よりは彩りというものがあった。その彩りが、40年後の現在、「地方」と一括りにされる人口密度の大きくない地域の、とりわけ過疎の町にあるかといえば、ない。

 24歳の彼女には、15歳の高校進学時、18歳の高校卒業時、20歳の成人時、節目節目にその何年か先のことを一緒に考えて、行く先を示してくれる親や親戚や先生がいなかったか、いても有効な指導は得られなかった。……でも、多かれ少なかれ、皆、そういう感じで、おおごとにならないのは、実家に経済的余裕があったり本人の頑張りがかなりなものであったり、そういう場合に限られている。

 そいつとは一緒になるなあ、都会に出たかてなんも変わらんぞう、おまえここに住んで心斎橋には月1回服買いに出ればええやろが、と、親戚のおじさんおばさんは喉元まで出掛かったことばをなんとか飲み下す。それは、無茶をして傷ついたとしても帰ってくる場所ならあるからという温かい気持ちからではない。そういう状況はもう四半世紀前に消え失せた。ここから出て何年かしてまた帰ってくる場所などない、それどころか、このままここにいてもいずれ食べていけなくなる。だから出て行く若い人やまあまあ若い人を引き留めることはできないのだ。

 

  その点、大阪の新興住宅街育ちの美人姉妹が東京で暮らすこの話はうら寂しさは一重なのでわりと楽に読める。

 

  これは、京都在住の3人きょうだい(姉、妹、弟)の話で、東京に出て行くのは弟。この、まあまあもてる弟の女性遍歴を思うと、そろそろあの生粋の京都人の随筆にも手を出さねばとも。