ぴょん記

お暑うございます。

小糠雨のなか、パン屋へ

 水曜は、昼過ぎに食品宅配の人が来てくれることになっている。ただし、このごろ、その配達時刻は下がり気味で、以前より最大2時間程度遅くなって15時ごろになる日もある。

 前日の火曜日の夕刻から雨催いだったので晴れたら散歩かてがらパン屋まで行こうと思っていた。でも、水曜の配達時刻がそんな感じだったので、たとえ15時に家を出られたとしてもパン屋に着くのはその30分後。角食のほかに餡パンとかメロンパンとか買いたいけれど、その時刻ではけっこう売り切れのものも出てしまっているかもしれない。そんな羽目になるよりは、雨は降っているけれども開店して少ししか経っていない朝のうちに行って帰ったほうがましではないか。

 などと考えて、朝の遅めの通勤時間帯、駅へと急ぐ勤め人の皆さんに逆行して、細かな雨のまだ降りしきるなかをパン屋へと歩いて行った。

 

 

川崎殺傷事件「死にたいなら一人で死ぬべき」という非難は控えてほしい(藤田孝典) - 個人 - Yahoo!ニュース

救貧、防貧を含めた社会政策の問題でもあり、行き詰まると見捨てられた恐怖で自棄になる傾向のある個人の問題でもある。街ですれ違う名も知らぬ他人に対する信頼なくしては生活も人生も成り立たない。どうしたら一体

2019/05/29 10:29

  自殺した被疑者の同居親族から相談を受けていたという、行政の担当者らが夕方になって会見を開いていた。死亡時51歳だった被疑者の、テレビのニュース番組で引用される写真が中学生当時のものであることからも、「所属」「帰属」する先を特にもたなかったことが示される。「引きこもり」呼ばわりされることは遺憾、と同居親族とのやりとりのなかで意思表示したことも伝えられる。

 上のブックマークコメントで書いた、「行き詰まると見捨てられる恐怖から自棄になる傾向のある個人」とは、なにもこの被疑者ひとりを指すことばではない。わたしも、「見捨てられる恐怖」には人一倍耐性の低い人間で、ただし、自棄になったらなったとして、自己疎外が進んで勝手に凋むというだけの違いなのである。

 あれこれ考えながらその例のパン屋に着いてみれば、客はわたしひとりで*1、焼きたての惣菜パンも各種取り揃えられていた。何種類かを選んでトレーに載せたり載せてもらったりした。ゴルゴンゾーラと胡桃と蜂蜜の入ったハードクラストのパンなんて、1個の半分ずつでも夕食に食べたらおいしいと思うでしょう。これがおいしかったのです、実際。

 家に帰着する前に雨は止んで早くも日が射して、頬のあたりが赤く灼けていた。

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*1:ときには20人くらいレジ待ちで並んでいる。