今年のノーベル文学賞を受賞した作家は、ポストコロニアル文学の方面で名のある人だという。20年かそこら前の「現代思想」などでは、さかんに取り上げられていたポストコロニアル文学。既存の文化を強力に均して分厚く被覆してきた、多くはヨーロッパからきた白人がその土地を去った後、芽吹いた希望の、あるいは絶望のことばの束。
フランスの大都市、特にパリ市の近郊には、内なる植民地の痕跡がある。行きがかり上、フランス共和国が内包せざるを得ない、旧植民地出身の人々。そして、比較的所得の低めの人、老、幼、病、廃疾を抱えた人。また、なにかの事情で引っ越してきた人、意図することなくある日紛れ込んできた人。そこが、いわゆる大規模団地である。
全盛期を過ぎた女優を、イザベル・ユペールが演じていることに、自分の中と外を流れていった時の速さを感じる。かなり寂しくて退屈している彼女に関わりをもつのは、お向かいに留守がちな母親と一緒に住むティーンエイジャーの少年。はじめ、白いパンツ1枚でうろうろしていたけど、途中からちゃんと服を着てくれてたいへん助かった。
はじめのほうで尺を割いた中年の一人暮らしの男は、エレベータの改修費用への拠出を、「だってわたしの部屋は、2階だからエレベータなくても大丈夫だもの。」という理由で拒んでしまったばかりに、大けがをした後、窮地に立たされる。そもそも彼が重症を負った原因、病院から自宅に戻ってからの日常生活、「彼女」との出会いから交際まで、なにもかもに出鱈目な要素が混ぜ込まれているけれど、それらには拘泥しなくてよい。なかなかほろ苦い結末が、彼にもちゃんと用意されている。
この映画は、団地を舞台にめぐりあう6人が主な登場人物だ。残りのふたりについては、作品を観て知っていただくことにしよう。アマゾン・プライムでも視聴できます。