ぴょん記

こつこつ憶える

血糖値というアレのはなし

 ひとことでいえば、業腹である。

 

 目下、わたしは、かなりきつい免疫抑制剤を多種類服用する治療を行っている。正確な病名を明かさないのは、わたし個人の特定を避けるためというよりは、その病名を検索語としてこのブログを訪れたひとが、このブログに含まれるエントリを読んだために、あるいは楽観的な、そうでなければ悲観的な感想ならともかく、病に関する確定的な誤った認識を抱くことを避けるため。それは、以前にも、少し触れた。

 

 そこで、です。今回、触れたい血糖値測定についての話に戻ります。

 

 1日4回の血糖値測定を強いられているわけですが、これが、なかなかの負担。手指の先を消毒して、穿刺、測定という一連の作業のあと、3度の食事と就眠になるわけです。結論からいえば、血液の中の糖分が、あれこれ悪さをして感染症を引き起こし、

 

 退院日を引き延ばすかもしれない

 

というのが、1日4回の血糖値測定を行うべきであるとの究極の根拠、かつ、わたしに対する説得材料なのですが、これについても、免疫抑制剤等で血糖値が上昇している点や、砂糖を添加している乳製品が1日2回給食で出てきたり輸入品の果実が頻繁に供されたりする点と、真っ向からとはいえずとも、微妙な角度で矛盾しているので、参ります。

 

 わたしは、たべものを「おいしくない」「まずい」と、いうことを許されずに育ちました。それをいえば、調理した人、材料を選んだ人、さらに食費を負担した人がいればその人を責めることになるからです。実家の台所で、そして、ひとりぐらしを始めた部屋の小さなキッチンや、結婚して得たまずまずの広さの調理台で、自分の選んだ食品を時間を掛けて好きなように調理し、たいていどんな料理でも、テレビを観ながら10分フラットで食べてしまう夫を眺めながら、それでもおいしく口に運んでいたのです。

 

 それが、いろいろな理由で、多くの可能性を失ったわたしに残された最後の愉しみでした。昨日、書いたように、テキストファイルを綴ることは楽しいけれど、それが精神のよろこびにつながるものならば、調理と摂食に直結する営為は、肉体と精神の両方によい影響をもたらしていました。

 

 白米や甘いものを出しておいて、病院給食のみ摂取するように命じ、現在の数字で1日4回の血糖値測定を強いられるというのは、冒頭にも書いたように、業腹の一語に尽きます。もう、この上は、わたしの有するなけなしの栄養学の知識を総動員して、病院給食の減量の範囲内で、血糖値、体重、各種検査値をぐぐっと正常値に近づけて、ですね、、、あれ、これって、もしかして、担当医の先生(優秀でやさしい方なのですよ。)の言いつけ通りじゃないですか。

 

 手のひらでやさしくころころと転がされているおばあにゃんであるワタクシ。

 

 ……朝っぱらから、このエントリを書いていたおかげで、かなり落ち着いてきました。これもテキストファイルを綴ることの効用のひとつなのかねえ。