ぴょん記

食べる、遊ぶ、学ぶ。

食べることばかり考えるわたしは

 朝、ノースリーブのワンピースに着替えたところで、宅配便の人が(集合エントランスを通さずに直接)玄関に来てくれたので、そのままさっと出ると、さすがに10月も下旬であるからわたしの格好で驚かせてしまった。品物は、カステラ。松翁軒さんのカステラが24日からしばらく三越オンラインストアで注文できるというので頼んだのだ。もう届くとは。一緒に福砂屋さんの0.6号も頼んだ。それなのに送料は、全部あわせて324円で、申し訳ない。

 きのうの夕方、奥三河から注文していたトマトが届いた。今年は、西瓜とメロンをときには三度のめしを抜いてもひたすらに食べた夏だった。その次によく口にしたのがトマトで、西瓜とメロンは冷やして食べるけど、トマトは暑い台所に置いた箱の中から取りだしては洗って切って塩を振ってぱくりといっていた。地面がそこにあれば、瓜も茄子もそれなりに育てるだろう。でも、それらが大きくなるために十分な養分と日光は、うちのベランダにはない。だから、畑に実った瓜や茄子をお金を出して買う。買ったものをさらに戸口まで届けてもらって、命を繋ぐ。

 厚みのある物語や言説の中に長い時間、分け入ってしまうと、そこから出てきたあとも何時間かは心をもとの場所に置き去りにしたかのように茫然と時間を過ごしがちだ。わたしの心は、いま、『大鏡』の世界にあって、どこかの公達が前に通った女のところにいた老女房は縫い物が上手で指貫の仕立てなんかも見事なものだったよと語るのをへえそういうものなんですかと聞く牛飼童の気分になっていないこともない。

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