ぴょん記

食べる、遊ぶ、学ぶ。

語感の馴染めなさ、沿革の後ろめたさ

 朝日新聞のサイトかなにかで、「おうち時間の増加ではちみつの消費量が増加して」といかいうくだりを読んで、おうちの「ち」とはちみつの「ち」と「つ」が、そもそも落ち着かないし、おうちの「お」にしたところで、保育園の「おきがえ」と同じ、誰のための丁寧語だと。そして、「巣ごもり」「おこもり」も、わたしは繁殖のために巣から出ないでいる野生動物ではないし、寺社に参籠している願懸けの人でもないと内心憤懣やるかたない。こういうのは、誰にいってもしょうがないもので、せめて自分は遣わないようにするのが関の山。

 ところで、また、「ていねいな暮らし」が叱られている。

 

「ていねいな暮らし」の戦時下起源と「女文字」の男たち||大塚 英志|webちくま(1/4)

隣組」は、お寺の鐘から鍋釜、箪笥の把手に至るまで金属献納を進めたり、食糧配給制だの、防空訓練、防諜のための最小単位として機能したのだろう。/規制に対する不満をそらすための「ていねい」推奨は有効って?

2020/05/23 11:25

 有吉佐和子木瓜の花』だったか、敗戦直後に進駐軍のPX経由かなにかで手に入れたラッキーストライクのパッケージからお馴染みの色が抜けているのをみて、もとは芸者だった女が、戦争を継続するためにアメリカもこうやって節約を重ねたんだという意味のつぶやきを漏らすシーンがあった。物量豊かな国と長期戦を行うために、ぎりぎりまで切り詰めたのも真実で、だからといって、そのことと「ていねいな暮らし」の中に美意識が据えられていることはまったく矛盾しないだろう。

 

天然生活 2020年7月号

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  • 発売日: 2020/05/20
  • メディア: 雑誌