ぴょん記

食べる、遊ぶ、学ぶ。

この年末年始は褻の暮らし

 わりあい近い身内に不幸があり、その他の方面でも今年は重い病気や大きな怪我が起こった。喪中をいうにはやや離れているものの、手放しで新年を言祝ぐ気分にはほど遠く、だから、慎みという体で地味に年末と年明けを過ごそうと思う。

 夜中にふと目が覚めて、物故したり患ったり長期の療養を要したりしている、いずれも年寄りのことを思って震えていた。わたしは医師からはっきりと自分のいのちが危ういと告げられた経験が何度かあるけれど、そのときの自分に対するよりも、このごろ境を異にしたりそれに近い災難に遭ったりした身内の年寄りのことが気の毒でかわいそうに思える。自分の身なら消えるにせよ連れていくにせよ、置き去りにするものはない。でも、身内がいなくなれば、自分は置いていかれる。相手をかわいそうに思う気持ちは、つまるところ、置いていかれる自分を哀れむ気持ちと地続きである。

 永遠にとまではいいません。みんなもう少しだけでもここに留まってください。お願いします。

 

 対独戦を終えてシベリア方面に視線を向けたソ連軍の次なる敵が日本であり、何十万人かの日本人が抑留されたり暴力を受けたりしたことを踏まえてもなお、この苛酷な戦争の記録は読まれるべきであると思う。