ぴょん記

上古文学、外国語、数学、調理、編みもの、縫いもの、競争法

頭が悪い育ちが悪い

 他人の行動を論って育ちのよしあしを(たいていは育ちの悪さを)語る人の、表情のいきいきと嗜虐を楽しんで歪むさまをみれば、なるほど人を詰る場合にその生育環境を持ち出すべきではないというのは理解できる。そして、頭のよさというものも、どこが出身校だというのは、しばしば入学時の選抜過程からかなりあてにならず、内部のことも外からはわからないものだからこのごろそれほど重きを置かれていない。まして、EQやいわゆる地頭(ぢあたま。守護地頭の後のほうではない。)などというぱっとライトが当たっては消えるものでずっと語られはしない。このごろでは、入るのが難しい学校を出ていても、心のほうが定型発達ではないという類型に属する人もよく取り上げられていて、頭はいいけれどもあらゆる重要な用務に当たらせるわけではない、というような。それよりは、学校歴はさほどではないけれど、周りの人とうまくやっていける人のほうが組織人としては好ましいという結論に辿り着くようだけど、はたしてそれでいいのだろうか。自分の弱みを自覚した努力家は、そこからが粘り強いぞよ。

 

BRUTUS(ブルータス) 2018年4/15号No.867[おいしい魚が食べたくて。]

BRUTUS(ブルータス) 2018年4/15号No.867[おいしい魚が食べたくて。]

 

  きのうは、豆鰺と鰯のひらきを買うついでに、鰺と鰯の刺身を買った。今朝は、昼に南蛮漬け2種を食べるために、甘酢の準備から。