ぴょん記

食べる、遊ぶ、学ぶ。

晩夏の愁い/くすりでこころがかわるとき

 6年半前、筋力が急激に落ちて肺活量がかなり減って内臓の一部を失うという災難に見舞われた。現代の医学では、筋力が急激に落ちた疾患について、その原因が解明されていないので、それと関連がありそうな肺活量の低下と内臓疾患についても主従の区別はいまだにつけられていない(と、思う。)。気が付いたら、プロの病者になっていて、筋肉の病気を叩くためのある種の強い薬剤については、一生のうちに使える量を使い切ってしまった。副反応が強すぎて、n回しか使えませんよと予め説明されているのだ。病気が再燃したら、こんどはどんな薬剤を身体に入れるのだろうか。そのへんはお医者さんに任せている。

 その一連の病気が判明するまで、5、6年の間、学校を出て、居職とはいいながらたいていの時間、家でぶらぶらしていたわたしは、8月も後半にかかると眠りが浅くなり、贅沢なことに生きているのが大儀に思えるようになった。そして、ドラッグストアで買える、あるハーブからとられたサプリメントをのむのだが、3週間も経つと、このサプリメントの副反応でのぼせたような感じになる。そのころには不眠も治まってくるので、サプリメントはのまないようにしていた。たいてい、毎年これの繰り返しで、それまで夜遅くまで働いたり、試験とレポートとゼミがたくさんある学校に通ったりしていたのが、常時在宅気味になったので、身体のほうが戸惑っていたのかもしれない。

 冒頭に挙げた3つのトラブルのうちの2つは、実は、自分でもいずれは発症すると踏んでいたものだった。家系的なものもあるし、わたしの個体としての特徴もある。いずれも予防しようがないし、そもそもわたしの特性として「覚悟する」という心の動きは起こりようがない。選択の余地なく手術することになった内臓疾患について、お医者さんから告知されたときに、はいわかりましたと答えて、そのあとことの重大さについて本当に分かっているのか看護師さんが入れ替わり立ち替わりやってきては確認していったほど患者本人としての反応が薄かったようだ。

 大病前に数年間続いた、晩夏の不定愁訴がなんだったのか、いまとなってはもうわからない。あのころのわたしと現在のわたしは、身体に入れた大量の薬によって大きく隔てられている。たとえば、ステロイド剤の大量投与の影響かもしれないが、両脇の体毛が一旦全部抜けてしまったあと、再び生えてこなくなった。四肢の表面の体毛のマッピングもかなり変わった。体毛ですらこうなのだ。頭の中で分泌される、わたしを寝かせたり悩ませたり笑わせたりする微量の「汁」の種類や量など、幾らでも変わってしまったに違いない。

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ハコにまでペンが挿されている