ぴょん記

上古文学、外国語、数学、調理、編みもの、縫いもの、競争法

暮らしを綴る

 緊急事態宣言より前、公立学校が長期休みに入る週あたりから、食料を揃えて、調理して食べたり食べさせたりという営為が、生活の中でにわかに重みを増してきた。

 ざっと130日かそこら、注文して届けられるものを中心に献立を組みながら、たかだかふたり分の食事をせいぜい日に3回拵えるだけなのに、なぜこんなに絶望的な気分にときどきなってしまうのかひそかに嘆いていた。平日、ひとりの昼は、食パンをそのまま1枚むしゃむしゃと食べて済ませたり、トマト1個でおしまいにしたりしていた気儘さが消え、正午に食事を出すために11時頃から下拵えを始めていたものだから、いくらいわゆるハハヤスメメニュー中心といえども一日が台所中心で回っていた。外食もしなかったし。ときどきデリバリーを頼むくらいで。

 そのきつさを紙のほぼ日手帳にはあれこれ事訳しながら書いていった。ほぼ日手帳とほぼ日5年手帳には、ジョンズ・ホプキンス大学の例のサイトから、COVID-19に関する、世界中の感染者と死亡者の合計を毎日写していった。2月20日のものが、最初の記載だ。わたしは、これに罹患すると特に重症化されるといわれている基礎疾患のほかにも幾つか不都合な身体をしている。もし、感染したならば、身辺整理もせず、心の準備も整わぬまま、発症してしばらくの間苦しんでやがて……かなあという気持ちでいた。

 そういう個人的なおびえと、殆ど関係のないところで台所仕事を負担に思う気持ちは、日によって大きくなったり小さくなったりして、これはわたしが調理がわりと好き、片付けはもっと好きという嗜好をもっているのと少しく繋がっているのかもしれない。

 梅雨の晴れ間に、洗濯物がからっと乾いてうれしいのだけは、前年までの通りで。

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宅配で届く品物のリスト

 机の横に貼っておいて、あらかた食べてしまったら、ノートに移して保存する。