ぴょん記

食べる、遊ぶ、学ぶ。

性差のない競争と女性性の利点

 わたし自身は、東京大学出身者ではないけれど、学部やふたつの大学の設置する大学院で講義を受けた経験から、東京大学法学部を出て、それなりに成功したキャリアパスを歩んできたような実務家や官僚でさえ、いや、そういう彼らの中にこそ、自分たちがいろいろなものを擲って得てきたものを、女であるがゆえにもっと容易く手にしてきた者がいるという悔しさを感じている一群の人々がいたことを知っている。そういうのはあまりにも考えすぎじゃない?女のほうにこそガラスの天井とか、メンズクラブに出入りできないとか、有形無形の不利益がありますよ?と、言ってもよさそうな場面でも、わたしは、鼻濁音で相槌を打ちながら、できるだけ多くの情報を引き出すべく、同情的な聞き手としてそこにいた。

 男の人が、女性の求職者を食事に誘って掘り下げたプロフィールを知ろうとするのは、よい。しかし、その食事が夜で、しかもアルコールを伴うものであるのは、職業倫理的にアウトだ。煌々と照り輝く昼白色のライトの下では、ともに働く仲間としてどうなのかということがわからないというなら、多少くだけた食事の場は役に立たないわけではないだろう。でも、アルコールはいけない。上階下階や近所にこっそりと部屋をとっておくような企てはもっといけない。

 そういう餌や、餌を差し出す可能性をもつ性の異なる競争者らに、日本でもえり抜きの優秀な男性たちの一部が悔しさやときには恨みを抱いてきたのなら、それは彼らだけの落ち度や練れなさが原因ではない。たしかに優秀でしかもきれいな女の候補生を扱いかねて、場当たり的にお点を甘くしてしまう傾向が、この国のお偉いさんや先生方になかったわけではないから。

 でも、そういうの、もうやめにしませんか。まずは、就職活動で、女性の求職者に性的なサービスをせがむような行為、そういうのは恥ずかしいことだと、みんなのお得意な「空気」と、明文化されたコンプライアンスで、ともがらにもっていきませんか。