ぴょん記

きょうからしばらく雨降る日々

ひとりでもふたりでも好きなだけ

 

(追記)貧乏だけど子供産みたい

夫婦とも大卒以上で裕福で人手にも余裕のある実家が近所にあるお父さんお母さんばかりではないですよ。お金をかけた最高の教育を受けられなくても、元気で勤勉に暮らしている人はたくさんいます。どうぞお幸せに。

2019/09/23 20:01

  できれば、たとえば母親が20代のうちに出産して、乳幼児の養育という体力の必要な大仕事を30代半ばまでに済ませたいというのも人情だとおもう。精確な年代は、人によって異なるだろうが、財力よりも体力に恵まれた比較的若いころに、授乳や恒常的寝不足に対応するほうがそれより上の年代で同じことをするよりもややましだろう。

 上のブックマークの元記事、それは、はてなアノニマスダイアリーのエントリなのだけど、それを読んで身につまされたのは、大学進学率が5割を超えた現在、高卒や短大卒、大学中退といった学歴に引け目を感じて生涯年収の低さを思い、夫婦ともにとりあえず健康なのに子をもちたいと望みながらも躊躇せざるを得ないという人が少なくはないことを「感じた」からだ。生む気はあるし、生めるのに、子供に掛かるお金が稼ぎ出せないだろうという予測のもとに、生めないでいる。これはもう、社会的不妊、経済的出産制限といってよいだろう。

 こどもを育てるとき、特に心配になるのは、教育費と医療費だと思う。そのうち、教育は、公教育である程度はカバーできる。高等学校まで公立校で自宅から通学する限りは、それほどの費用は掛からない。医療費も、12歳までの医療費は原則無料とする自治体もある。ただし、保険適用のない臓器移植を要するような医療の場合、ふつうの家庭では賄えない。

 医療の問題は、各種疾患の罹患率の問題もあるので他日に譲るとして、問題は、高等学校から先の教育にかかる費用である。家から通学できれば、私立大学の医学部で納入金総額数千万円を要するものでなければ、なんとか学費は払える。でも、行きたい大学が自宅から通学できる範囲にないとき、月に10万円程度はどうしても掛かる寄宿費を、用意できないばかりに進学を諦める人は現在でもたくさんいる。

 ドミトリーを、と、わたしは思う。たとえば、千代田区の真ん中で実験的に行われているような、地域振興の手助けをする見返りに、学生が安価な寄寓先の提供を受けて、そこから大学等に通学できる仕組みがもっと広がればいいのに。家のお金がそれほど多くなくても、機会の平等が保障されて、高等教育を受けるというスタートラインに立つチケットが、どんな田舎に生まれた女の子にも男の子にも配られてほしい。お腹の子供が勉強したいと望めば、それほどたくさんのお金がなくても大学に通えるという安心を、お母さんになる女の人やお父さんになる男の人にもってほしい。

 教育にお金をつぎ込むことは、結局、国のためにも安くつくと思うのです。

 

ドイツ近代科学を支えた官僚―影の文部大臣アルトホーフ (中公新書)

ドイツ近代科学を支えた官僚―影の文部大臣アルトホーフ (中公新書)