ぴょん記

食べる、遊ぶ、学ぶ。

『皆勤の徒』

 そのように機能すべく設計され生み出されたいのちが、外部からの内部からのさまざまな刺戟によって変容を遂げつつ、記憶はともかく自我だけはしっかり抱きしめて、日常の業務に邁進する。いのちは「従業者」と呼ばれ、社長や取締役、外回りらと接触を繰り返し、塗りつけられ、削り取られ、食べて、出して、眠って、起きて、気が付けば、あたらしいいのちを胎内に宿してさえいた。

 この世の中は、大きな魚が長い眠りの裡にみている夢にすぎないとか、大きな貝が吐き出した泡が蜃気楼になってそこにはたくさんの人間が暮らしているとか、しばしばいわれる。この世界が現実に存在するものであるという証明はわりと困難であるともきく。

 「従業者」が、ほかになにか大切なことを思い出す日がはたして来るのだろうか。