ぴょん記

きょうからしばらく雨降る日々

母の日がくる

 わたしの実母は、その生みの母親と11歳の晩冬に死別した。当時、4歳だか5歳だかの妹がいたので(これはわたしには叔母である。)、その面倒をみたり父親や兄、自分と妹の4人家族の家事をこなしたりで、小中は学校に行ったり行かなかったりだったという。5年も経つと6歳下の妹がようやくひとりで数時間の留守番をするようになったので、実学中心の女子校には進学したらしい。

 さて、そのハハは、老齢に至って、時折、不思議なことを所望するようになった。そのひとつが、「プロの調理人さんがお好み焼を焼いているところを間近に見たい」というもので、これは、愛媛県松山市でかなった。だから、彼女が見たのは広島焼ではなくて三津浜焼だというものだろう。いくつもの赤い大きな鋳物の鍋にモツ煮を入れて鉄板で温めながら、山のようにキャベツを盛ってそれに丸い蓋をかけ、炒めたうどんか中華そばを挟み込んだお好み焼を調理人さんは1枚1枚丁寧に仕上げていた。それをカウンターの椅子に腰を下ろし、斜め後ろから倦かず眺めていたハハの顔は、無心を絵にしたような……と、いまは書いておこう。なにしろこちらも老齢のため、記憶は揺らぎがちである。この三津浜焼のことも、おそらく書いたことがあるだろう。

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トマトの写真でも(再掲)