ぴょん記

食べる、遊ぶ、学ぶ。

『島耕作』シリーズの功罪

 わたしは、『島耕作』シリーズの、主人公が課長から部長になって電機大手H社の取締役の末席を占めるあたりまでしかきちんと読んでいない。だから、取締役から先の「彼」については飛び飛びでしか知らない。その断書き付きであえていうと、島耕作は、業務の点でも飛び抜けてよくできるのだろうが、それよりもなお、社内社外のいろいろな女性と親しくなるのも速く、かつ、深入りするのも繁くある。

 島耕作は、早い段階で離婚を経験している。別れた妻との間に一女があり、この娘がとても出来がよい。もうひとり、アメリカ赴任中にひそかに儲けた娘もいたが、若くして亡くなったようだ。そういうわけで、島耕作には家庭の軛がないに等しいため、かりそめの恋、深い仲になる縁、ときどき撚りを戻す割り切った仲など、あまたの女性に取り巻かれている。

 その理由は、サラリーマン漫画の主人公であるということのほかに、日の当たる地位とか好まれる容姿とか後腐れのなさとか、そういうところにあるのだろう。

 よしながふみきのう何食べた?』の主人公のひとりであるシロさんが、40代を過ぎた自分の年頃の男性のかっこうよさというのは、無駄な肉がついていないことだと断じるシーンが同作のどこかにあったと思う。実写のドラマになったとき、シロさんを西島秀俊さんが演じると知って、なるほどと思った。とはいえ、もうひとりの主人公ケンジを内野聖陽さんがあのように実体化するとは予想だにしていなかったために、西島秀俊さんの好演をわたし「たち」は忘れがちになるけれども、シロさんだって当たり役のひとつであることは間違いない。

 でもね。いくら清げにお痩せさんで執着しない潔さを漂わせていたとしても、40代の島耕作が23,4歳の入社したばかりの部下と個人的に親しくなるのは、令和の会社ではやめておいたほうがいい。みんなが「大人」で、仕事の現実と私的な幸せを切り分けて考えられるとしても、それでもなお。

 かつて、女性の従業員は実家から通勤できる「若い」人に限って採用して、勤続数年で男性の従業員と娶せて妻のほうが寿退社という慣行が広く日本のビジネス現場にはあったという。お金を稼ぐために入った会社で「花嫁候補」として全方向から観察されるなんてえらい災難だとしか思えないが、高度経済成長期、男性の給料は右肩上がりに高くなったから、出世する男性従業員に見初められて(という言い回しときたら。)、妻とされるのは、女性にとってひとつの幸せだったのだろう。

 そういう時代から数十年を経て、職場結婚もあるにはあるけれど、そればかりじゃない世になった。たぶん、いまが、組織にとって内部での恋愛が不安要素になり始めた濫觴のような感じがするのだがいかがだろうか。

 

きのう何食べた?(17) (モーニング KC)

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