ぴょん記

きょうからしばらく雨降る日々

繋がる匣の群れ

 もう長いこと、古い公営住宅の上の方に住んでいる。家賃は、近所の民間アパートの相場より2割ほどは安いだろうか。バス通りに面してはいるけれども、地表から50メートル近く浮いた場所にあるために諸々静かであるところがよい。

 とはいえ、わたしと同い年といってもよい古びた建物に高い防音性など望むべくもなく、周囲の住戸の生活音は否応なく聞こえる。深夜と早朝は、それがことに顕著である。

 朝、4時半くらいに洗濯機のモーター音が壁伝いに聞こえる。わたしが背を寄せて寝ている壁に近い、右隣かその上下のどこかで誰かが機械に洗濯をさせている。洗濯機は、タイマーで駆動しているのかもしれず、それともリアルタイムで人が操作しているにしても、あえて早朝を選んで動かしているのだから、広げて干す都合か乾いた状態でどこかに持って行かねばならない事情があるのだ。最近では、洗濯まで自宅でして、大型の乾燥機を備えたコインランドリーまで湿った洗濯ものを自転車で運ぶ人もいる。汚れ物のたくさん出る入院中の家族がいる場合など、時間を選んでもいられないだろうと思って、わたしは一度開けた瞼を閉じてもう一寝入りする。

 また、深夜、確実に近くの部屋でシャワーを浴びる音がする。向こうの壁のタイルに当たる水音に意識を明らかにして、傍らのiPadの時計を見る。午前2時か3時。遅い時間帯の労働のあと、もしかしたら一杯引っかけて家に戻り、風呂を温め直す時間も惜しくて寒い浴室で行水をする誰か。次の出勤までの眠りの前に、汗や脂を流して下着を替える。遠慮がちなシャワーは、だからごく短時間で、シャンプーはしてもコンディショナーなど使うわけもない。たぶん、この誰かは、中年の男性だろうなと思う。顔もみてもそれとは分からない、近い部屋の誰か。

 わたし自身は、日没後から朝7時以前は洗濯機を回さず、また、午後10時以降朝7時以前には風呂にも入らない。自治会の規則などでそのように決められているわけではないが、面と向かって指摘されなくても自分の生活音を迷惑に思われたら厭だなあという気持ちがそうさせるのだ。でも、人が遅くや早くに物音を、とくに水の音をたてるのは、なんだかいいなあと思うことさえある。それは、かすかな水の音には、この匣の連なりが淀まず生きているあかしがあるような気がするからなのだろう。

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すみだ水族館出身のマゼランの姉妹でス!