ぴょん記

食べる、遊ぶ、学ぶ。

このごろのお盆というもの

 毎年というもの、5月の連休が明ければ、申し合わせたように、東京の百貨店からのお中元攻勢が始まる。わたしが弱いのは、ひとつところに固めて注文して合計で税込おいくら万円以上で先着何万名さまにこの粗品進呈いたしますというキャンペーン。その粗品はたいてい簡易な袋物で、封も切らずにハハにあげてしまうのに、年に2回、その強力な誘引力には抗えないのだ。今年のお中元では、髙島屋でPECKの小さいバッグをもらった。その注文が6月の上旬。バッグが届くのは、7月の下旬。

 7月の声をきくころになると、今度は、西日本の菓子舗さんからお中元の案内のダイレクトメールが届き始める。粗品に釣られて東京の百貨店でお中元の注文を早々に済ませてしまったわたしは、一抹の申し訳なさを感じながら、長崎カステラや一六タルト、なんじゃこら大福のきれいに撮れた写真が載ったカタログを眺める。時期的にはお中元だけどお中元じゃないお友達との贈答、早めのお中元に対するお礼を兼ねた親戚からのトマトや牛肉の到来、日頃ハハの面倒をよくみてくれるいとこへのささやかなお礼、ビール、西瓜、桃などがいったりきたりする。今年は初盆のお返しとして、百貨店から泉州タオルを贈った。実父の初盆のときは、別の泉州タオルのメーカーにお願いして、フェイスタオルに簡易熨斗を添えて何百か個別に袋詰めしてもらった。それと缶ビールを1本、レジ袋に入れて、家に来て下さる仕事関係や近所の方に、お参りありがとうございましたと、お渡ししたのだった。葬儀と初盆の実務を間近に目にしたのは、それより約15年前の祖父のときで、葬式も残暑の厳しい時期だった。いまは、送るほうは、百貨店のサイトで「御供」を選んで、別に手紙を書いたりするだけだ。

 お盆の時期になると、さまざまな果物が熟れて、はしりのころにはなかった香気を漂わせる。秋の稔りというよりは、夏の極まりがもたらす恵みだ。さて、わたしが、「なかよし」「ともだち」というものに馴染むことがついぞなかったのは、家の中での足場が悪くて安心して日日起居できぬままに大きくなったからだと思う。それでも、親たちがわたしを憎んでいたわけでも、わたしが親たちを恨んでいたわけでもない。ただ、親たちは、わたしをかわいがったり褒めたりすることにどちらもためらいを感じていた。その理由は、十分に大人になったいまなら分かる。ただし、分かったからといって、やはり理不尽であるというほかない。親たちときょうだいと、賑やかな円居の部屋にわたしが近付く。すると、ぴたりと笑い声が止む。そんなことが度重なるうちに、自分はこのうちにいないほうがいい、と悲しみも伴わずにいつのまにか判断していた。それが、果物ならば熟れる手前で、わたしが、自分という果実と家族という木の間で閃かせた鋏で、だからあとはなんとか自分で実の体裁を整えるしかなかった。

 いまでも、生きている間にもっと歩み寄ればよかった、などとは思わない。病めば看護し、亡くなれば礼を尽くして送ることで、親に対してできることは果たしたはずだ。それを人がどう思うかは、わたしには関わりがない。

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PECKのスパゲッティは特においしい