ぴょん記

食べる、遊ぶ、学ぶ。

それでも暫定的にブログを書くしか

 cakesの人生相談の連載記事、ツイッターでのリツイート、noteからのクリエイターらの脱退、その後の収拾の動きなど、数日前までなかなか賑やかだった。わたしは、当の相談者さんのこころの柔らかさを救いとして感じたひとりで、もういろんなことが真偽不明(ノンリケット)の中で、それさえ信じられなければ、ネット上でもの読むもの書くのはつらすぎると思う。

 その上で考えると、noteというのは、プロフェッショナルでもアマチュアでも、なにか他人に伝えたいものが一定程度の堅さにまとまっている人に向いた場所のようだ。以前に購読していた、介護職員として働きながらその毎日をまんがに描いていた人などいい例で、その人の介護という職業、自分の人生に向ける眼差しは、ほんとうに真摯で、読むたびにこちらのこころが弾むような凋むような駆けあがるような質量が、たしかにあった。

 揶揄抜きに、こころざしの高い人が多い、それがnoteという場所だ。そこに、たったいま差し迫って誰かに伝えたいことがない、生きているだけでやっとのわたしは、参加しにくい。

 あえていえば、わたしのいいたいことは、上のツイートに収斂される。家族にも、環境にも恵まれず、あまり健康でもなく、もしかしたらひとりきりだとしても、まともな食事と寝床ぐらいは保障されてもいいのではないかと思う。なにかの都合で、それすら約束できないとしたら、それは、社会の、国家の、大いなる恥だ。

 そういうことをぽつりぽつりと思い出してはつらつら書く場所として、わたしは、とりあえずはてなブログを選ぶ。ここは、わたしのインターネット上の住所で、棲んでいる木の洞だから。

 

Time goes by

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