滅多にないことなのだが、眠っている間に見た夢を起きてから解釈するという、本来的意味での夢解きではなく、覚醒している自分にはわからない願望や悔恨を夢の中で実はこうだったのだと解読することがある。
このところ、現在の、現実の問題で脳に強いストレスが掛かることがあり、そのせいで、眠っている間に、かなり前の忌々しい出来事について、小娘だったわたしにはわからなかったことが、同じわたしでもそれなりに古びた狸となってみれば、「わかる」と思えるようになったことがあった。起きたときには愕然としたし、それなりに傷つきもしたけれど、でも、それはそういうことだったのだろう。
要は、「それはほんとうにわたしがほしかったものなのかどうか」ということ。