ぴょん記

大根のおいしい季節ですね。

『笹の舟で海をわたる』

 1955年ごろの東京、学校を卒えて洋裁店に勤めていた主人公は、学童疎開で一緒だったという娘に声を掛けられる。その娘、風美子は、主人公の生活に、そして人生に巧みに入り込み、50年の歳月が流れる。

 角田光代さんの『エコノミカル・パレス』もやや長いと思ったけれど、この『笹の舟で海をわたる』は、それよりも長い。長いというだけならばもっと長い文書を読むのに慣れているはずのわたしでも、ただひとり主人公だけの、相当程度に隠微な感情の動きが縷々述べられている小説を前にするとかなりたじろいでしまう。だからといって手に取った以上は読もうとする意思はたしかにあるので、寝たり覚めたり縦になったり横になったりして通読はした。この風美子という女性の、人生という急流を泳ぎ抜こうという強い意志は、主人公の目を通しても明らかである。それと同時に、主人公にしても、旧態依然とした価値観の束縛や学童疎開のころの極限的な苦しさにあまりに強く影響されているという心の問題を抱えながらも、たくましく昭和と平成を生き抜いている。

 とはいえ、いうまでもなく、このような苦労はしないで済むに越したことはない。

 主人公が、長女の百々子が小学校から先、学校生活になじめず、上履きを隠されるなどのいじめに遭遇していることを把握しつつ、親から離されて食糧も乏しい中、子供中心の自治組織でいじめられたり心ならずもいじめに加担したりした自分の経験から、それに比べれば物質的に恵まれ、親や弟とも一緒に暮らしている百々子の境遇はかなりましではないかと考えるくだりがある。これがのちに、母と娘の間に決定的な亀裂を作る原因になる。お前はこんなに恵まれているのに(自分はお前にこれだけ多く与えているのに)、いったいなんの不足があるというのだ、というのは、戦中世代の親に昭和育ちの子であるわたしたちがしばしばいわれたことである。親の出捐で、その親が得られなかった機会を与えられているという負い目から、わたしは、はっきりとこれを反駁したことはないが。おそらく、ないはずであるが。