ぴょん記

お暑うございます。

『鎌倉殿の13人』第26回

 ドラマを撮影する便宜上、しかたないのでしょうが、大蔵御所の奥、頼朝が臥せっている部屋の室礼が春夏仕様で、水垢離を取ろうとした時政と義積と時連があっさり断念する寒さにあれでは、おそらく脳の病変で倒れた人には酷だなと思った。では、どうしていたら頼朝は助かったかというと、これは800年後の現代の医学にとってもかなりの難題なのだろう。わたしは、ゆっくりゆっくり身体の機能が衰えていく病気に罹ったことがあるし、その病気は完治しないとされているものなので、いまでも服薬を続けているけれども、頼朝が患った脳疾患はそのような慢性病よりももっと短い時間で発症からおしまいまで症状が進行するのだろう。発症から何時間以内にこの薬を投与すればあるいは、という療法のない鎌倉初期、政子は一生懸命看病したけれども、頼朝は亡くなってしまった。

 挙兵、石橋山の戦いから、約20年。平氏政権を倒し、義仲、義経、範頼などの同族を滅ぼし、奥州まで平らげて、京都の朝廷に睨みを効かすという難事業を手持ちの兵がほぼゼロのところからはじめて成し遂げた頼朝。

 その死去から参院選速報の10日日曜の休みを経て、このドラマは、17日から新章へ突入するそうな。

 

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