ぴょん記

さつまいも、たべたい。

暑さが戻ってきた日曜日

 うちの20世紀末期に作られた洗濯機は働き者で、厚手の毛布でも時間を掛けて洗い上げ、干せばふかふかにしてくれる。製造後、もう四半世紀近く経つ老体なので、実際気の毒なのだけど、きのうは厚手のアクリル毛布(とウールのスロー)をきれいに洗った。朝のうちは、まだ涼しい気もしていたが、正午近くなって気温も30℃をようやく超え、次第に南からの風も強くなってきたので、毛布もなんとかからりと乾き上がった。

 そのあとは、蔵書整理を兼ねて本棚の片付けを黙々としていた。学生時代に読んだなりの専門書などがあとからあとからざくざくと出てくる。専門書の売上げと、学校の維持整備のための授業料でしか、わたしは、この国の高等(?)教育に貢献していないよなあと思いつつ、こういうのも広義のディレッタントで、もとよりわたしはそういう存在に否定的な立場は取らないよと嘯きながら、本の埃を払い、汚れをおとしていた。

 夜になってから、やや不愉快な風聞に接した。以下、一般論として、書く。

 ある親戚が亡くなったあと、その血縁者である嫁にいった姉から未亡人に対して、子や孫も縁づいて交際の範囲も広がったので、弟の死を契機として、以後は盆暮れの贈答をやめにしようと通告があった。そう告げた姉のみならず、故人のきょうだいの所帯すべてからの部分的「縁切り」で、未亡人は否やをいうこともなくそれを静かに受け入れた。故人は、生前、その姉を含め、親やきょうだいの所帯の面倒を何くれとなくみていたのだが。

 そういう通告が、四十九日を待たずに行われたことを聞いてわたしが感じたのは、世話をされる側が世話する側をそっと疎ましく観る視線の秘やかさだ。故人も未亡人も、とくに世話する親戚に対して傲った態度をみせたことはないだろう。でも、世話をされる側が、恩着せがましさとか押しつけがましさとか、そういうものを感じる隙間はどうしても生じる。受けた恩が大きくなればなるほど、簡単に返せない厚みになればなるほど、そうした憾みは育っていく。満中陰より前にそういう通告をしたのは、もちろんなんらかの意趣を含んでのことであろう。

 もし、そのような場に居合わせたとしたら、せめてその未亡人の立場の人には、温かい態度を取りたい。

 

 自分で使うとしたら、こういうB品でも贅沢なほどだなあ。