ぴょん記

きょうからしばらく雨降る日々

負けても負けても打たれ強くはならない

 きょうも、『どんな状況でも泣いている隙はない』と再確認するようなことが身近で起きた。よい年をしてまったく情けないけれど、「それ」のいったいどこまでが自分のせいなのだろう、自分に帰責されるべきなのだろうと訝しく感じることがしばしば起こる。相手のあることはどうにもならないので、なにかきれいに区切りになるようなことをして(机の上の掃除とか)、ご縁がなかったのだときっぱり忘れる。そうではなくて、自分の身に属する事柄は、そのままにしておいてもよいことはたぶんないので、わりとよくがんばってみる。少なくとも改善しようとは試みる。

 でも、ときに負ける。ときどきは、同じ事柄で負け続ける。負けて、その傷が瘡蓋になって治る頃には強い皮膚ができているようには、自分の中身は強くならない。どうして同じ陥穽に嵌まるのかと、自分の記憶力の乏しさが呪わしくなる。メモをする。しかし、しばらくするとまた同じことが起こる。こういうの、さすがに疲れてきた。

 

附録が、「日本の花」「日本の鳥」

 「花」は、監修牧野富太郎さん、「鳥」は、文が内田清之助さん、画が小林重三さん。雑誌のほうは、家族に先に読んでもらって、わたしは作業の合間にこの小さな本を開いて少しずつ読んでいます。