ぴょん記

きょうからしばらく雨降る日々

床掃除の話

 きのうは金曜日で、生協の宅配の兄さんが勝手口に回ってくれるので、台所の床をきれいにするところから家事を始めた。この住宅のたいていの場所は、風呂と和室を除いて、同じ床材でコートされているので、大雑把にいえばフローリングといってもいい。ただし、畳やカーペットよりは板材に近いという程度の意味において。その板の間をスリッパを履いたり裸足だったりする人間が毎日延べで何十人も通るから、皮膚の落屑、脂、汗、外からやってくる埃、中で発生する埃、台所で発生する塵、その他の場所で落とされる塵、人毛等等が、板の間には張り付いている。

 これを箒で集め、ダイソンのハンディクリーナーで吸い取る。その後、ゆるめに絞った布雑巾を噛ませたフローリングワイパーを根気よく滑らせて、床を拭く。拭いているうちに台所から食堂に入って、「玄関ホール」と仕様書に記された反対側の出口近くまで雑巾は進んでいく。雑巾を洗う、絞る、噛ませる、拭くの繰り返し。やっと少し気が済んだので、雑巾をきれいに洗って干した。それから、セスキの染みこませてあるペーパーを2枚、フローリングワイパーに噛ませて、1枚目の表裏、2枚目の表裏をそれぞれ使って、トイレの床まで拭き上げる。最後についでのついでで、トイレの便器とシャワー式便座をトイレ掃除用のワイパーできれいに拭いて、その上でしつこいまでに除菌した。これで10分間くらいは、せめて清浄を保てるのではないの。

 そして、しばらく待ったが、生協の宅配の兄さんは、いつもの時間帯に、来ない。今週に限って、少し事情があって、わたしの都合で配達品を極小に絞り込んでいたので、その関係もあったのだろう。いつもは午前だけど、今回だけは午後になったのかもしれないと割り切って、緊張を解いた(=マスクを外した)。

 以前の住居は、本来の意味でのフローリングと、畳敷きの数部屋だった。フローリングは、水拭き雑巾で拭き上げ、畳の部屋のほうには、マットを敷き詰めたり、カーペットを敷いたり。ふだんの掃除は、掃除機での吸い取り作業が主だった。そのうち、わたしの部屋には畳の上にカーペットを敷いていた。引っ越しの作業が終わって最後の最後に残されたそのカーペットを折りたたんだら、下の畳表がほとんど壊れて、カーペットから篩い落ちた細かな屑がそれに混ざり、その部屋で過ごした永の年月が目の前の砂色の堆積にそのまま変わったようで、ほんとうにお世話になりましたという感じだった。

 いまは、フローリング擬きそのままのほうが掃除がなにしろ簡易なので、冬場のために買ったラグも結局広げることなく、箒とハンディクリーナーと雑巾でなんとかなる床掃除をたまにする程度だ。

 さて、介護保険で掃除の手伝いにきてくれるヘルパーさんに、畳を固く絞った雑巾で拭き上げてほしいというリクエストがされることがあるという。それを言われて断ったヘルパーさんから話を聞いたヘルパーさんがうちの家族にそれを伝えて、それを聞いたわたしが再々伝聞のかたちで書くことだけど、田舎の家ではいかにもありそうな話だ。畳の上を素足の人間が歩けば、脂や汗も付着するだろう。一方、ヘルパーさんは、規定時間内にきまった家事をすることを業務内容としているので、介護保険の利用者の居室と水回りだけきれいにしますと約束したら、玄関の片付けなどはしないものらしい。雑巾で畳を拭いて、というのが、断られるべきリクエストかどうかはわからないけれど、そのヘルパーさんや所属のステーションでは受けるべきでないリクエストと判断されたのだろう。

 そういえば、わたしにも、似たようなことがあった。家庭教師を生業としていたころ、高校受験の中学生の指導をしていたら、一緒に小学生の下の子もいいですかと言われた。そういうとき、わたしをそのご家庭に派遣した会社としては、一人分の指導料で二人分の給料は出せないけれどもご家庭の機嫌を損ねてもともとの契約そのものが解除されるのも困るよねという謎かけのような対応をしていた。善意に解釈すれば、おそらく、負担にならない範囲で、小学生のほうの勉強もみてあげてくださいという程度の「お願い」だったのだろう。きょうだい両方手の掛からない真面目な子だったので、まあ様子をみていきましょうと三人で座卓を囲んで勉強を続けていたが、一人分の指導料でふたりを見ているわたしを気の毒に思ったのだろうか、勉強の合間にお母さんが出してくださるお茶とお菓子が、どんどん豪華になっていった。それは、医師の指導で粗食を心がけておりますと辞退できたけれど、問題は、わたしが、そのおうちの仕事を続けられない事情が発生した場合だった。

 そのおうちの人から、「前の先生は、下の子の勉強も見てくださいましたのに。」ということばが引き継ぎの講師に向けられたとき、ペイの出ない仕事を押しつけたり、仕事そのものを断らせたり、とにかくわたしは後任者を困った立場に置くことになるだろう。さらに、わたしの選択が、「下の子もサービスで黙ってみてくれるのがいい家庭教師」という誤った風潮を蔓延させる契機にでもなったら(実際にそのような流れのきっかけになることはないだろうが)、当該一定地域の家庭教師業界に対して気の毒である。

 畳がきれいになることはいいし、下の子も勉強が進めばうれしいけれども、そのへんはなかなか難しいものですね。

野の草をいろいろ撮影してみました