ぴょん記

きょうからしばらく雨降る日々

老いれば足腰も不自由になるものらしい

 映画館で、ある車椅子ユーザーさんがそこの責任者から、大要、「希望の座席まであなたをエスコートするにはスタッフが足りないので、次回からこの映画館ではなく、ほかの映画館をご利用ください。」と告げられたというエピソードで。

 わたしは、東京その他のTOHOシネマズで、入ってすぐの最前列の2人分の車椅子スペースしか知らないので、階段状になっている映画館の2列目以降の座席に、車椅子ユーザーさんを車椅子ごと、あるいは、身体だけ、映画館のスタッフがお連れするのを実際に見たことはない。人間ひとりとその所持品、それから車椅子まで持ち上げて運ぶのは複数人の人手が必要だろうし、車椅子ごとならば必要なスペースも確保されていなければならない。

 実のところ、車椅子ユーザーさんの映画館利用に関して、わたしがいちばん気になるのは非常時の対応についてで、車椅子ユーザーさん、移動をお手伝いする人、スタッフさんを含めて、映画館内の皆が危険状態から速やかにかつ安全に離脱できるかどうかは、避難行動の慣熟が不可欠だろう。しかし、学校や病院などとは異なり、映画館という場所は、避難訓練を毎月毎週行う場所ではないし、平時にゆっくり介助することならむしろ進んでお手伝いしたいという人であっても、揺れや火気、煙やガス等で動揺する群衆に取り巻かれるなかでの脱出に自信をもって手助けできると言い切れるだろうか。非常時には自分の生命の安全にまず責任をもった上で、帯同する老幼や介助する人の生命の安全に最大限の注意を払うというのがふつうの人間にできる精一杯のところで、もちろん映画館の中にいる車椅子ユーザーさんの無事の待避については、よくよく考えて、どこの映画館であっても安心して利用できるようにしなければならない。

 そして、話は、非常時の問題を離れる。

 個人の住居の内部ならば、バリアフリーの仕様の設えもある程度は用意できるだろう。しかし、一歩、自宅を出たら最後、足腰の弱い人、そうでなくとも体幹に力が入らない人は、杖や歩行器、車椅子、自動車を頼りに、再び自宅に戻るまでの動線をたどらねばならない。ところで、うちの近所の大きなショッピングセンターの洋服売場や一部のユニクロの店舗にあってうれしかったと最近感謝されているのは、車椅子のまま入れる試着室だ。ということは、これまでは車椅子で洋服を買いにいっても試着がほぼできなかったということだ。試着なしに洋服を買わねばならないのは、フィッティングに気を配る人にとってはとても残念なことだ。

 それにしても、補助具を使っての歩みは疲れる。必要最低限の用事を済ませたら、あとは家に帰ることが優先される。見たい映画や展覧会など、なかなかアクセスできない。まして、映画館のほうから、「今後は当館のご利用はご無用に」などと言われたらますます心が挫けよう。

 来月からの法改正で、各施設に課せられる努力義務が厚くなるという話はきいた。ただし、あくまで配慮を求める努力義務なので、どうしてもうちではご希望に添うのはむりです、と言い切られればそれ以上押すのは現時点では難しいようだ。

 ところで、人間の身体は、40歳前後までの生存を前提に設計されているという説がある。なるほど、定期的に通う大きな病院で、会計待ちなどをしているとき、待っている人のだいたいの背格好から年齢を推測すると、だいたい65歳より上の人ばかりが目につく。そうでない現役世代の患者さんは、一般的に*1朝早くだいたい7時半ごろから病院の玄関に並んで8時の開扉と同時に再来受付機に飛びつき、小走りで採血採尿のための検査室に向かって1分でも早く出社しようとする。だから、そのあとの診察時刻の人は、たいていどこの大病院でも均せば65歳以上になるだろう。前期高齢者以上が多い。いまは栄養がよいから、65歳でも病気をひとつふたつ抱えて生きていられる。ただし、歩みは若いころよりもずいぶんゆっくりになり、昔の人類が狩猟採集のためのノルマとして課せられていた1日17キロ程度の歩行は、たいてい無理だ。個体が個体を養うというのが、母子以外では考えにくかった旧い人類の時間、1日に10マイル歩けないヒトは、早々に死んでしまう。足が不自由になるということは、生命の維持に直結する問題だったのだ。

 そして、現在は21世紀。車椅子ユーザーさんも、映画「ぐらい」、映画館で見られるように、試着「なんか」、どこの洋服屋さんでもできるように、そのために絞る知恵と施す工夫ならたっぷりある。

 これから、日本では、人口に占める高齢者の割合がますます大きくなる。若い労働者を世界のあちこちから呼び寄せて手伝ってもらうにしても、自分の身の回りのことは、自分で片付けなければならないことには変わりはない。身体のあちこちが不自由な人、心に苦しみを抱えている人、そういう人たちに対する配慮を小さなものから大きなものまで重ねていくことで、きっと軟着陸の道筋が見えてくる。車椅子での映画館利用は、そのひとつのきっかけで、「誰一人取り残さない社会」を実現するために、NHKさんでもぜひ取り上げてほしい。

 

アオハタ、すきなんですよ

 

 

*1:たとえば以前の通院先だったD大学医学部附属病院ならば