ぴょん記

食べる、遊ぶ、学ぶ。

都境に接せんとする辺りを

 水曜の食品宅配の時間帯は、どうやら確定的に夕方以降で落ち着きそう。見方を変えれば、その前の時間に家を留守にしても構わなくなったのだ。

 そこで、早速、最寄りのバス停から4つめのバス停まで、都バスを利用して、いつものパン屋さんに出掛けることにした。時間貧乏なので、持病関係の書類のコピーをコンビニエンスストアでとるとか、定形外郵便を特定郵便局で出すとか、そういうこまごまとした用事もその外出には当然のように組み込む。

 さて、バスを降りる。そして、まず、コンビニエンスストアコピー機に取りつく。そこで気付く。バッグの中に、財布が入っていない。わたしが身につけていた金目のものは、Suicaの中の数百円分の利用権だけだった。コピーをあきらめて、反対側のバス停に急ぐ。しかし、反対側の時刻表をみると、15分ほど経たないと次のバスはこないとのことだったので、とくに急ぐ必要はなかった。日除けになるもののないバス停で、梅雨の晴れ間の陽に灼かれながら、先日の探しものといい、本日の忘れものといい、老人力が日々高まっていくことに感慨を覚える。

 やっと来てくれたバスで、都バスIC一日乗車券を買い、一旦帰宅。先週の通院時、ハムストリングスがびくびくと痙攣しているのに、そして、肺が軋んでいるのに、歩くのをなかなかやめない自分の傾向に懸念を抱いてせっかくバスでの外出にしたにもかかわらず、さらに付言すれば、食べると肥えるにきまっている旨いパンを高い金を払って買うのにさらにバス代を投じたというのに、なんとまさかの仕切り直しである。まさに、好事魔多し。30分ほど自宅で用事をこなして、再度出掛ける。目当てのバスは1時間に1本か2本。それに比べて、実際にバスに乗っている時間は、わずか6分。わたしが公共交通機関好きでなければ、たぶん選ばない交通手段。でも、自転車さえ、もっていないし。

 バスを降りて、もとのコンビニエンスストアで、コピー。しばらく歩いた特定郵便局で、定形外を出して、パン屋さんへ。変わり種の調理パンもおいしいけど、税込310円の角食が秀逸。そこから歩いて、最前に降りたのよりひとつ自宅寄りのバス停へ。ところが、表示をみると、そのバス停には、わたしの目当てのバスは止まらない。コンビニエンスストアの近くのもとのバス停までやや急ぎ足で向かう。この目当てのバスも、およそ1時間に1本なのだ。

 それから、遅れてやってきたバスで北上した。バスは、わたしが、小さい家庭教師だったころの生徒さんのおうちがあった方向へと進む。身体が弱くて、病気をして仕事に穴をあけることをとても怖がっていた小さい家庭教師は、その後に、小さい仕事やもっと細かい仕事を倦むことなくこなして、もうすっかりぽろぽろの搾め滓のようになってしまったけれど、あのころの町並みは、舗装が改良されたくらいでまだ以前のおもかげをかなり色濃くとどめていた。要するに、バス通りで交通量がそれなりに多いのに、道幅が狭いままで、バス同士の離合に相変わらず時間がかかるということ。それでも構わないというのが、地域住民の総意ないし大勢の意見ならば、同じ区民であってもよその地区の人間になんの異存がありましょうや。

 JRの駅にやっと着いて、ほんの数分間、電車に揺られる。車内で見掛けた、赤ん坊の乗ったベビーカーには、USB電源なのか、小さな扇風機が付けられていた。いいかも。いつものJRの駅ビルで、コーヒーや干物を買い、お昼も食べて、またバスで帰宅した。

 半日をなかなかに非能率に過ごして、とても楽しかった。

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