ぴょん記

食べる、遊ぶ、学ぶ。

こどもたちは学校へ帰っていった

 今年は、3月のはじめごろから学校が休みになり、5月の連休明けに非常事態宣言が再延長されたりしたので、だいたい90日間くらい、小中高が休みだった。ところで、わたしは、まあまあ高層の公共住宅の上の階に住んでいるのだけど、この住宅の各棟に囲まれるようにして、標準的な幼稚園の園庭程度の大きさのグラウンドがある。そこに、学校休業中の小中の児童生徒が朝から来て遊んでいた。公園ではないので、皆が使用できる公共のトイレがないので何時間も居続けるのはたいへんだと思うので、きっとこの住宅の居住者の子か、そうでなくとも近所の子が入れかわり立ち替わりグラウンドでボールを蹴ったり投げ合ったりしているのだろう。

 はじめは年代別に固まって遊んでいたこどもたちに変化が現れたのは、3月の半ばくらいだろうか。やや年嵩の中学生くらいの男の子が、小学生を2つのグループに分けてドッジボールかなにかで対戦させようとしていた。小学生たちはだいたい体格差の総和に不均衡のない程度に分けられたことに異を唱えることもなく、それぞれの持ち場に移動して、その隙間を埋める具合に、中学生たちも分かれた。まるで眼前に中世の自治都市が出現したかのように目を細めて、わたしはそれを観ていた。

 それからしばらくしたころ、春爛漫の温かさにグラウンドが包まれるようになると、グラウンドという箱庭のあらわす様相は、また次のフェーズに移った。朝の7時前から場所取りをして、部活動の自主練習のような感じで、中学生よりは一回り大きい人たちが本気で身体を動かし始めたのだ。ごはんとその日のワークを済ませて、小学生がグラウンドに出てくるころには、自主練の人々は去る。水道はともかく、トイレが不自由だから、重ねていうけれども長居はできない。最寄りのコンビニエンスストアのトイレも使用禁止になっていた時期であるから、不便なこときわまりない。

 グラウンドは、とにかくみんなの要望によく応えた。朝早くから20時過ぎまで、中にはどうしたことか長々と奇声を発するのをやめないしそれを誰もとめない驚異の肺活量を誇る幼い女の子複数名を含みつつ、みんなで楽しく遊んでいた。たぶん、この住宅の居住者の子や孫ばかりではないけれど、そこのところは実はどうでもいい。安全な遊び場がない町なんて、怖い。叫んでもいいし、暴れてもいい。なるべく怪我をしないように、身体を動かしてください。

 かわいそうだなと思ったのは、うちの近所のある家庭の姉弟のように、幼すぎるとか体格が小さいとかの事情があると、せっかく遊ぶスペースを見つけたとしても、グラウンドの中で大きめの集団で勢いよく動いているこどもたちの圧力に負けて、早めの撤収を余儀なくされること。グラウンドには、事故が起きないように見張る役目の大人は誰もいないし、その他の差配を担当する人もいないので、気後れしたらボールを抱えてグラウンドを去るしかない。そうすると、ほかの小さなスペースか、住宅の共用通路でボールを転がすしかない。

 そういうわけで、ここ数ヶ月は、リビングに某社のリモートワークスペースが、共用通路にはときどきではあるが某小学校の体育教室が引っ越してきて、社会的に「密」な環境が発生していた。築何十年の公共住宅には、いささか重たすぎる負荷であったといえる。

 きょうなど、雨が降って、しかも学校が始まっているからグラウンドに人の影もあるはずもなく、なんだか寂しいですね。

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フレークシールにわれはなりたし