ぴょん記

もっと読みたい。もっと書きたい。

食事を用意する手

 言葉狩りとまで大げさなものでなく、単なる語感の問題で、果物のネット販売に「おうちごはん」というタグがついているのを見掛けて、果物は厳密にはごはんの枠ではないし、平仮名6文字の連なりとは、和やかさや安心感を通り越してなんだか幼いことばだな、と。そもそも果物販売に際してサムネイルにわざわざ「おうちごはん」と銘打たなくても、たいていの人は取り寄せた果物をそのまま自宅で消費したりお遣いものにしたりする。そして、某メガストアのネットスーパー部門も、「おうちで△△△(ストアブランド名)」とメールのタイトルに毎度打ってくるのをみて、「おうち時間」からこちら、成人の世界でもすっかり市民権を得てしまった「おうち」が、いったいこの先どこまでのしのしその領分を広げてくるか、もういずれを向いても憂きことばかり。

 その家での食事を用意する作業、きょうも朝昼晩の3回で、あいかわらず変わり栄えのしないメニューを、材料の質のよさと新鮮さでもって力業で押し切る方式で仕上げている。味噌汁のだしなど、絶妙に調製された大きさの粉で引いて、そのまま汁の実といっしょに食べてしまう。焼きそばの材料も届いたばかりの新鮮なもやしや生麺などを身体に負担のかからない方式で炒める。

 楽に仕上げられるので、焼きそばはわりとよく作るけれど、わたしはせいぜい小皿に2杯ぐらいしか食べられない。同じくらいの量を作る過程ですでに目から食べてしまったような感じになる。紅生姜は、色の薄いのを一袋全部いれてしまった。汁は入れなかった。

 

ウー・ウェンの野菜料理は切り方で決まり!

ウー・ウェンの野菜料理は切り方で決まり!

 

  ウー・ウェンさんのレシピをはじめてみたのは、クロワッサン誌だったろうか。簡素にして合理的な手順ながら、母親がそのときどきの子どもの体調を気遣いながら献立を考えている細やかさがあった。

 体力が極端に落ちているとき、お粥のベースはなにもいらない、完全に白粥でいいという人と、梅醬の半掬いものせてほしいという人、そして、昆布の出汁で炊いた粥がいいという人、それぞれだと思う。できるだけ当人の好みに沿った、しかも身体によいものを出せたらいいな。