ぴょん記

食べる、遊ぶ、学ぶ。

わたしの郷里の狸たちの話をしよう

 平成の終わり頃、ひとりの年寄りが世を去った。年寄りには、数人の子がおり、その子らにそれぞれ子や孫が幾人かいた。そして、きょうだいも10人弱いたので、きょうだいや、子、孫、曾孫、都合のつく者は配偶者も葬儀に連なり、その夜、早々と精進落としの膳を皆で囲んだ。故人の自宅で。

 跡取りである故人にとっては孫にあたる女が、深更に及んでも果てることのない宴に飽いて台所で洗い物でもしようかと表座敷からは台所を挟む位置にある茶の間を覗いた。そこで、一升瓶から直接、客用の湯呑みに日本酒を注いで、勢いよく呷っているふたりの人間に遭遇した。それは、その前々日に亡くなった年寄りの甥らの妻たちで、いずれも七十路かそこらの年頃である。彼女たちは、故人の孫娘にお愛想をいうわけでもなく、わずかに一瞥を投げかけただけで、また飲酒の世界に戻っていった。酒盃を片手に語り合うというよりは、まるでひとりで飲んでいる人間がふたりいるような静けさだった。そして、ふだんはこの家に顔を出すことも少ない「おばさん」たちが堂々と茶碗酒を酌み交わしているのを目の当たりにして少なからず気まずさを覚えた孫娘は、素知らぬ顔で台所に立って、しぬほど積み重ねられたお皿やシンクにいっぱいのグラスを渾身の力をこめて洗った。ところで、孫娘とはいいながら、彼女もそろそろ四十半ばである。

 わたしは後日その話を当の孫娘からきいたのだけど、実は、その「おばさん」の一方とわたしは少し顔見知りなのだ。ごくおとなしく慎ましい女性で、およそ親類の葬式で自発的にアルコールを口にするようなタイプではない。もっともわたしが知っているのは、そのおばさんのまだまだ若いお嫁さん時代なので、それから幾星霜、結論としてたいした酒好きになったのかもしれない。酒をのむ女は現在の都会では珍しくないけれど、田舎のほうではいまだに少々外聞を憚る場合もあるので、その孫娘には、ああた疲れていたから茶の間に狸でも上がり込んだのをおばさんがたと見間違えたのではないの、と暗に口止めしておいた。

 でも、その「絵」は、いかにも喋りたくなるものだなあ。

 

螺旋じかけの海(3)

螺旋じかけの海(3)