ぴょん記

お暑うございます。

寒い寒いと土曜の朝に

 金曜に大阪の北新地のビルの中にあるクリニックで火災が起こり、二十人を超える人数の方が生命を落としたり重傷を負ったりした。刃物を振り回したり、可燃性のものを撒いて着火したり、そういう手段でもってなるべく多くの人間を死傷させようと企てる者に対して、人間の密度が高くてわりあい暴力に慣れていないこの社会は、とても弱い。だからといって人間が散らばるのも現実的でなければ、皆が武装して何かというと拳で解決するようになるのも困る。

 誰もが灯油や包丁を買える社会でなければならない。その上で、人を燃やしたり、人を刺したりすることで、自分の問題をある意味解決することを考えずに済むように、最低のラインとしてそれを実行しないように、誰かが配慮しなければならない。

 クリニックに火を放ったとされる被疑者の前歴の切れっ端が明らかになるたびに、最後の最後で実行の着手を思いとどまらせるものの欠落に暗澹たる気持ちになる。殆どなんの関係もない人の全存在を奪い、その係累を悲嘆の淵に突き落とし、社会の安全性に対する公衆の信頼を損ない、被疑者である自分の親族などの居場所を奪う、それぞれの可能性を被疑者が一瞬たりとも考えなかったわけはないと思う。しかし、あえて、被疑者は、その燃料を撒いて、着火した。

 社会政策として、こうした犯行を未然に防止できないのかというのは、もう長いこと話し合われてきただろう。失うものがない者という意味で、「無敵の人」というワードがあって、ほんとうはもっとも支援を要する人をそういう括りで片付けるのは不人情だとわたしは思うので、好きなことばではないけれど、そういう人が「社会」に対して牙を剥くとしたら、そこで噛みつかれるのは、すごく上層じゃなくて、たぶん、その人の、けっこう近くにいる弱い立場の人だよな。

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台所にある蜜柑は、冷たい。