ぴょん記

きょうからしばらく雨降る日々

しろ子・この夏のお出掛け先

 玻璃くんは、あいかわらず大学院の研究室と本来の勤め先の鴨川中の間を行ったり来たりしながら、論文書いたり授業案のプリント切ったりしている。よう働くウサギやと皆は玻璃くんを褒めるけれども、当の玻璃くんは外面よし子さんの内面如夜叉で、夜中の3時に物差しで寝ているわたしの脇腹をつついて、「おい、コンビニいってプリン買うてこい。」とかいってバラ銭をぶちまけたりする。そのへんはわたしも心得たもので、冷蔵庫の野菜室に「しろ子専用」のタッパーウェアを入れて、玻璃くんがいつも食べているプリンを幾つかストックしている。だって、夜中に小銭握りしめてコンビニエンスストアに行って帰ってとかしたないもん。

 そういうハチワレウサギ11歳はおいといて、今年は、玻璃くんの中学の同級生の田中くんやその友達と一緒に枚方パークに行った。田中くんは、豆腐屋の山田とも仲良しで、でも大学は別やからふだんはあんまり一緒にいないし、ここのうちにもそれほど頻繁に顔を見せないの。田中くんは、いわゆる「田の中」のええしの息子さんなんやけど、ぜんぜん気取ってないし、ええ子なの。その田中くんが「ひらパー行こうぜ」と玻璃くんを誘いにきたとき、玻璃くんは口をあんぐり開けて、あ、田中な、そやな、約束してたな、けど僕な今日ちょっと、と、まるでしどろもどろの応答だった。そこは、さすがの田中くん、実にスマートな応対で、「あ、そやったな。けど、チケット、うさぎ券1枚余ってまう。おばさん、しろちゃん連れて行ってええですか。なあ、しろちゃん遊園地いかんか。」と。玻璃くんのドタキャンが女の子絡みなのは明々白々だったし、横にいたわたしの耳が遊園地と聞いてぴょこんと直立したのも田中くんは見逃さなかった。

 七月の後半のすごく暑い日、京阪で枚方パークへ。途中で合流した田中くんの大学のお友達も、玻璃くんより女の子がきたほうがそりゃうれしいがなとか調子のいいことをいってくれて、わたしもなんとなくうきうきして、ときどき「ひゃっほー」とか叫んだかもしれない。もっともウサギの喉で「ひゃっほー」と叫ぶとき、たいていの人間の耳には聞き取れないようで、うちだとシミ子おかあさんがわたしがシャウトとしたときに、たまに「なんえ。しろちゃん、虫でも出た?」というくらい。あの人間は聴力がちいっと普通でない。そのシミ子おかあさんが出がけにもたせてくれたポチ袋をこっそり田中くんに渡す。「あのね、みんなの飲み物代、ここから支払ってくださいって、おかあさんが。」「ええっ、なんか気ぃ遣わせてしまって。」あっさり封筒の中身を改める田中くん。一葉がひとり。出掛ける前にも、シミ子おかあさん、「田中くん、ウサギ券って1枚おいくらなの。玻璃くんの分なんやからわたし払うわ」と何度も言っていた。あのひと、ほんとに枚方パークに「ウサギ入場券」があると思っているのだろうか。「遊園地でもフェスでもウサギは木戸御免。それが京のみやこのしきたりやんかなあ。」と田中くんはからからと笑うが、ウサギは遊園地もフェスもふつうはいかんと思う。高卒程度認定試験受けたんも京都市教員採用試験受かったんも、玻璃くんが最初で最後やろ。わたし、前にいた佐藤さんのおうちでおかあさんがつけてたほぼ日手帳をわたしも買うてもろて毎日付けてるけど、それだけやもん。学校いったり就職したりするのはちょっとごめんやわ。好きなときに昼寝もできん暮らしは、ウサギとしてきついわあ。

 枚パー、サイコー。わたしは、背が低いから、乗れないものも幾つかあるけど、無限にぐるぐる回るのや縦にどんどん上がっていくのとかすごく楽しくて、田中くんやその友達が、しろちゃんこっちやでしろちゃんこんどはこれ乗ろかといっぱいお世話してくれたので、ほとんど一日中、乗り物にのってきゃーきゃーいってた。それでかえりのおけいはんではほとんど寝ていたけど、おうちに帰っておかあさんが小さく叫び声を上げたことには、わたし、日向に長くいすぎて、紫外線で毛の色が変わってしまっていたらしい。まもなく帰ってきた玻璃くんが、遠慮なく大爆笑してくれたので、そこではっきりと、自分が陽焼けしたジャパニーズホワイトになったことを悟った。日本白色種特有のつやのある白さこそが、わたしの唯一の取り柄だったのに、これはなんたること。

「おまえ、下の方から新しい毛が生えてくるまで、その毛色、もう固まってしまったで。秋口まで、『しろ』ちゃう、『アイボリー』か『セピア』やわ。」

 田中くんやそのお友達が帰るまで、それでも我慢していたけど、お客さんがいなくなって、家の人だけになったとき、悲しくて涙がぽろぽろ流れてきた。なんで陽焼けするって気が回らなかったんだろう。全身毛皮だから、腹巻きに保冷剤を仕込んで、ときどき取り替えて体温が上がりすぎないように気を付けていたけど、紫外線で毛の色が灼けることまでは考えていなかった。頭に麦わら帽子(耳の所は開けてあるの。)、頸に麻のスカーフを巻いたくらいでは、枚パーの紫外線は防げなかったというの。

 しくしく泣いていたら、大原から戻っていたヌウさんがアイスバーをもってきてくれた。ヌウさんは、ふだんは仲間と三頭で大原で過ごしていて、百貨店の呉服部から受注した和服を納めにくるときだけ、うちに泊まるウシの一種だ。ヌーという種類で、ヌウさんという名だ。この夏は、わたしに三枚も浴衣を縫ってくれた。ちなみに、玻璃くんが浴衣を頼んだときは、一枚あたり3万円とられたそうだ。

「灼けたからって泣いては駄目ヌー。陽焼けは夏の勲章よー。」

 ヌウさんは、より細かくいうとオジロヌーだ。野生個体は20世紀前半に絶滅したといわれているが、その後、農場で飼育されていたオジロヌーが繁殖して、個体数を盛り返していったという。そんな貴重なオジロヌーのヌウさんが、日本にやってきて和裁士をしながら暮らしているのにはきっと理由があるのだろうが、中学の先生をしている玻璃くんやたまにアルバイトするぐらいのあっちゃん(アフリカゾウ)、京都市動物園経理課の課員と展示動物の両方で稼いでいるネコちゃん(ユキヒョウ)と、たぶん似たり寄ったりだろう。

 わたしみたいなふつうのウサギは、ここのうちでは少数派だ。

「どこも痛くない?首の後ろとか冷やしとく?」

 ヌウさんが優しいから、また涙がこぼれてきた。わたしは、ふつうのウサギだから、ここのおうちの家事手伝いぐらいしかすることがないし、たまに人に構われると嬉しくてつい羽目を外してはしゃぎまくってしまう。自分という存在にまつわるストーリーの平板さやそこから派生する自分の恥ずかしさを省みて、これっていつか克服しなきゃいけないものなのって考えてしまう。

 ふつうの人間の女の子なら、もちろんそれはなんとかしなきゃいけないだろう。自分が取るに足りない存在だと感じたとき、それでいいそのままで生きていこうと思うなら、余計な欲望はその時点ですっぱり捨てることだ。きれいな洋服も、かっこういいパートナーも、裕福な暮らしも、自分には釣り合わないからとはじめから望まないのだ。そういうふうに諦めることを教えていない現在の公教育においては(このへんは玻璃くんからの受け売りだ。)、生徒のもつ何かしらの能力を幾ばくなりとも伸ばす方向に誘導するのが教職員の責務で、おとなになったとき人並みの暮らししたいんにゃろ、マンションのひとつも買うて、嫁さんとこどもと仲良しファミリー営むんもええやんってそれとなく誘導すんねん、だって。そのロールモデルとしての中学教員やでと玻璃くんはいうけれども、11歳のウサギがなんぼ達者にメネラウスの定理を教えてもセンセさすがやな僕も大きなってから数学の先生になったろと思う中学生は少ないと思う。

 そう。わたしは、進歩しない。あえて、能力を伸ばさない。ここの家の動物は、勤勉で器用で、社交的ですらある。だけど、わたしは、できれば佐藤さんのおうちにまた戻って、佐藤さんのおかあさんと一緒に日向ぼっこしたり、ワイドショーを見たりしながらのんびりしていたい。ここのおうちで、シミ子おかあさんと雑巾を縫ったり、お茶殻の日干しを作ったりするのも楽しくないわけではないけれど、ふつうのうさぎはそんなことはあまりしないと思う。要するにわたしは、ペットの暮らしが好きなのだ。

「しろー。おまえ、うちに来て、女中やってたおかげで枚パーいけてよかったやん。」

 いつのまにかわたしの部屋にきた玻璃くんがバラ銭を差し出していた。

「プリン?プリン買うて来いって?」

「いや、おまえの冷蔵庫ストックがあるなら、この銭で俺が買うてやるから、食べてええよ。今日はおごったる。」

「ええっ。」

 わたしは、まじまじと玻璃くんを見た。少しよじれたハチワレ。

「陽に灼けた分の毛が再生するまで、蛋白質よけいに摂っといたほうがええで。まあ、ぼくらの蛋白質は、卵からはふつう摂らんのやけど。ひひひ。」

 やっぱり少し意地悪だ。でも、少しだけ、優しい。意地悪なんは先住の分で、優しいのは同族の誼だと思うことにした。本当は、逆かもしれない。

 その晩は、なんとなく疲れてぐったりしたまま眠った。

 それからしばらくは、色が灼けてしまった日本白色種として、お客さんが来ると隠れるし、まして自分が外を歩くことなど極力避けて過ごした。アフリカゾウのあっちゃんが象使いの資格保持者である玻璃くんと鴨川に行くときも毎回誘われたけど断ったし、山田がかき氷食べに行こうと呼びにきたときもわたしは留守番していた。下から白い毛が生えてきたようなまだ生えていないような微妙な感じで、理容師の資格もちの山田のお母さんによれば、色の変わった部分をシャギーにしたら幾分感じも変わるかもということだったけど(スマートフォンで相談した。)、玻璃くんによれば山田のお母さんは玻璃くんの背中に毎夏バリアートと称して、龍やら明王様やら出現させてきた人なので気を付けたほうがええでということだった。

 なかなか油断のならん世の中や。

 あっちゃんは、フィリピン産のバナナもおいしいのにエクアドル産のブランドバナナをお腹いっぱい食べたいと言い出して、お父さんに叱られお母さんに惘れられている。そもそも2400kgという現在の体重をバナナだけで満足させるのは難しく、公的な飼育者である京都市動物園からは十分な量の飼料が毎朝届けられているし、あっちゃんもそれを毎日まったく余すところなく平らげている。それなのに油断するとお父さんのスマートフォンを長い鼻で引き寄せ、器用にキーパッドを操作して、八百屋さんに電話を掛ける。「エクアドル産のおいしいの、ある?ぱおん」という一言で、八百屋さんのトラックは、バナナを50本ほど載せてもってくる。そういう余分なバナナ代を払うのは、玻璃くんだ。なぜかというと、あっちゃんがこの家に住んでいるのは、玻璃くんがある冬の夜、三条大橋の下で蹲っていたあっちゃんに、『うち、来る?』と言ってしまったからなのだ。その前に、同じようにネコちゃんを連れてきたのも玻璃くんで、「ぜったい、ぜったい、ぼく、ちゃんとお世話するから。」とシミ子おかあさんに約束したけれど、日を追うごとにその「お世話」の内容は杜撰になり、とうとう「ぼく、学校いかないかんねん。ネコちゃんのごはんとお水ぐらい、お母ちゃん、世話したってぇなぁ。」と言うに至った。ネコちゃんはその後、獣医さんから、「この子は、ふつうのイエネコちゃうんやないかな。」と指摘されて、大学農学部で調べた結果、ユキヒョウであることが判明したそうで、動物園に行くかどうするか聞かれたとき、ネコちゃんは、家から動物園に通うことを自分で選択した。ただし、展示動物では通勤手当が出ないので、そろばんを覚えて経理課に勤めることになった。どこまでも賢いネコちゃんである。それに引き換え、あっちゃんは、みれば分かる通り、ゾウで、しかも耳の形状から明らかなアフリカゾウで、家に連れてきた当時、200kgは軽くあったそうだ。

「お母ちゃん、ぼく、今度こそちゃんとお世話するから、ね。」

 という、玻璃くんの口舌をシミ子おかあちゃんは一切聞いていなかったけど、あっちゃんがアフリカゾウであることは一目でわかった。声さえも凍るような寒い夜に、たぶんこどもなんだろうが、それでも成獣のヌーよりははるかに大きなあっちゃんが玄関先に心細そうに項垂れて立っているのを見て、シミ子おかあちゃんの心は激しく震えたけど、同時に『この子は一日に何をどのくらい食べるのだろうか。』という心配が兆した。

「玻璃くん、あのな。」

「へえ、お母ちゃん。」

「あんたも、じき社会人さんになるんやから、この子の食費、足らん分は自分でお払い。」

「へっ。」

「やったら、うちにおってもいいけど、まあ、ゾウさんはふつう住宅地ではよう飼わんわなあ。」

 ところが動物園のゾウ舎の都合で、あっちゃんはしばらくどころかずっとこの家で暮らすことになった。一旦は入ってみたゾウ舎で、あっちゃんがアジアゾウの兄弟を体当たりして虐めたりしたので、兄弟ゾウのお母さんゾウがとてもこれでは一緒に暮らせませんとクレームをつけたのだ。そういうわけで、あっちゃんのバナナ代は、玻璃くんが支払うことになっている。それが分かっているから、玻璃くんは自分のスマートフォンはもちろん、ネコちゃんのスマートフォンもけっしてあっちゃんの鼻の届くところには置かせない。ところがあっちゃんもそれはよくわかっていて、エクアドル産のブランドバナナが食べたくなると、お父さんの書斎の窓に鼻を差し入れてスマートフォンを摘まみ上げる。かくして、玻璃くんは予定外の出費のバナナ代に涙を呑むことになる。

 あっちゃんのたまのアルバイトというのは、大きくわけてみっつある。一つは、広報で、広場や百貨店の前などで、旗を振ったりして、商品の広告や催事のお知らせをする。こちらは、時給でいうと1万円くらい。ふたつめは、公園や緑地の中でのエスコートで、これは背中にくくりつけたカゴに人を乗せて15分から30分ほど移動するというものだ。休日、カップルや、親子がアフリカゾウの背中に揺られてのどかに遊覧歩行するというものだが、あっちゃんは集中力に問題があるので(まだこどものゾウだからね。)、1日に5組が限界のようだ。これは、わりと時給がよい。最後は、日本の伝統的武闘の人たちに対するコーチングで、「稽古」を付ける謝礼として、恰幅のよい人が熨斗に包んだお札の束を定期的にもってくる。こちらの収入の内訳は、まるで海苔弁である。

 それだけの収入のあるあっちゃんだけど、お金はすべてシミ子おかあさんに管理させて、自分のバナナ代は玻璃くんに払わせて、涼しい顔をしている。そのへんがわたしには真似のできない大人の風格よねとネコちゃんなどは感心しているけど、それは単に面倒くさいからじゃないかな。ともかく、あっちゃんは、入ってくるお金も少なくはないけれど、出て行くお金も馬鹿にならないところがある。

 わたしは、お隣に住んでいた佐藤さんのご夫婦が引っ越していったときに、この家に預けられた。引っ越していった先がウサギが気楽に暮らせるとこかどうかわかりまへんから、と言葉すくなにわたしをシミ子お母さんに託した佐藤さんのお母さんに、いつ迎えにきてくれるのかとかいつかは迎えにきてくれるのかとかはとても聞けなかった。ほんとは一緒について行きたかったけど、番犬のジョンまでが別のところにもらわれていくと聞いては無理はいえなかった。

 佐藤さんとこにおったときと一緒でのんびりしていたらいいんえ、とシミ子おかあさんは言ってくれたけど、玻璃くんは最初から容赦なかった。しろ子ちゃんはうちの子になったんやからなにか働きがないといかんねんで、え、特になにもできんの、じゃあお母ちゃんの手伝いして女中勤めしてもらおやないの、と初日に通告してきた。女中。お茶屋さんの仲居さんと違うところは、お料理を運んだり芸舞妓さんを呼んだりするような約束事で定められた用事をこなすところじゃなくて、むしろ自分が「日常」という川の中に飛び込んで、お茶碗やタオルや石鹸と混ざってすべてをきれいにすべてを秩序の中にしまい込む統御こそが仕事だってところだ。ほんとうのことをいえば、女中は、「特になにもできない」動物が、いきなり就くような職業ではけっしてない。

 とか考えながら縁側の廊下を雑巾がけしていたら、庭先から山田。豆腐屋のジャケットを着ている。「どや、元気にしてる?」山田は、わたしに、ふつうの女の子に対するような言葉遣いをする。わたしは、ウサギやのに、日に灼けた日本白色種やのに。

「なあ、シロちゃん、これ見てみ。」

 と、山田は、胸のポケットから二つ折りにした茶封筒を取り出した。中から、諭吉がひとり、ふたり、都合5人。

「明日から、うち、三日間休業やねん。下道通ってちょっと旅行しよと思ってんねんけど、シロちゃん、一緒きてくれんかなあ。」

「えー旅行って。山田さん、ガールフレンド誘ったらええのに。」

「田中と玻璃くん一緒やのに、ガールフレンドはないやろ。シロちゃんがええ。」

 どういうことやろ。中学のときから仲良しの田中くんと山田と玻璃くん。それはいいとして、なんでわたしも一緒に行くのだろう。

「なんで、わたし?」

「だって、それは、佐藤さんのおうちに訪ねていくからやで。」

「ええ!」

 山田の口から佐藤さんの名前が出たので、わたしはとてもとてもびっくりした。山田がいうには、わたしが枚パーで弾けすぎて毛の色が灼けたのを苦にして外に出なくなったので玻璃くんが心配して、山田と田中くんに相談して、それやったらもとの飼い主の佐藤さんを訪問するという名目で遠出したら、きっとまた元気になるのと違うかという結論になったらしい。さっき山田が出してきた諭吉5人のうちの3人は、玻璃くんがものすごい渋い顔してATMから引き出してきたという。

「下の道ばっかり通るからな、夜の間にたったったと行けたらいいけど、出てみんことにはどうなるかわからんし、佐藤さんとこのご都合もまだわからん。でも、4人おったらきっと着けると思うし、きちんと帰ってこれるやろ。」

 きちんと帰ってこれない片道切符って、逆になんとも厭な感じや。ともかく、山田や田中くん、玻璃くんの気持ちはわかった。でも、この厚意に、わたし、乗っていいものだろうか。山田と田中くんは大学生で、玻璃くんは半分学生の半分公務員だ。休みの日数はわりと少ない。行って帰って二泊三日だとしても、下の道を使って佐藤さんの夫婦の住む町への往復は疲れるし、交通事故のリスクだってある。わたしが元気がないってだけで、それを励まそうとしてくれる人間ふたりとウサギ一羽の友情に甘えてもいいものだろうか。

「ごちゃごちゃ考えてんと、さっさと旅行の仕度せえや。どうせあれやこれや詰め込んでいくんやろから。ほらほら。」

 と、玻璃くん。いつの間にか大学から戻ってきて、着替えの入った風呂敷包みをぶら下げ、さらに、ザルとボウル、まな板と包丁などをお母ちゃんに別の風呂敷に包んでもらっている。

「道の駅で、うまい野菜買うて、シロがサラダにしてくれたらええやん。山田と田中は、魚と寿司がぎょうさんあるでぇ。きっと。」

 最後の「きっと」というのは、少し不安な感じだったが、仕度をしながらシミ子お母さんが教えてくれたことには、問い合わせてみたところ、佐藤さんの夫婦は、いま新潟市の近郊にお住まいで、お母さんが少し身体を悪くしているけれど日中に遊びにくるくらいならまったく構わないというお返事だったという。佐藤さんのお母さんが体調を崩しているときいて、わたしの心はたちまち曇ったけれど、でもすぐ会いに行けるのだ。悲しいけれど嬉しい気持ちもある。佐藤さんのお母さんが用意してくれた白いワンピースを着て会いに行こう。おみやげには、京都のお漬物のおいしいところを選んでいこう。

 田中くんのお姉ちゃんのおうちでもう使わなくなったチャイルドシートを山田のライトバンにセットして、少し仮眠したあとで出掛けた。純粋に大きさの問題で同行が叶わなかったあっちゃんはかなり面白くなさそうで、シミ子お母さん相手にしばらくぱおんぱおんと苦情を並べていたが、お母さんが必殺「ぞうさん」三十連発に移行したので機嫌よくいつしか眠ってしまったようだ。そのあっちゃんが寝た隙をみて、わたしたちは、静かに夜の旅に出発した。

 琵琶湖のそばを通って北陸に抜け、そこで朝ごはんを食べた。田中くんと山田は、海鮮丼を選んで、わたしと玻璃くんは、とにかく新鮮な菜っ葉をいっぱい買って洗って食べた。軍資金の諭吉5人は、こういう食費とガソリン代、それから佐藤さんの夫婦に用意したお土産代などに使うようで、すべて山田が預かっていた。玻璃くんは、なあなあ山田、帰りにどこぞで花火しよ?河原かどこかで花火できるとこあるやろ?とかいって道の駅で花火を買おうとして断られていた。

 晴れた空の下、豆腐屋ライトバンは、新潟へと向かう。佐藤さんのおうちに着くのは午後1時ぐらいにしたかったので、お昼も早めに休憩を取る。また海鮮丼と、新鮮な野菜。こんな旅行やったら毎週してもええなあと田中くんがいう。毎週海鮮丼、これはたまらんなあと山田。ふたりとも魚が大好き。で、玻璃くんは、当然ながら魚も肉も食べない。プリンばかりはなぜか食べるけれども、これも卵のほうはうまくは消化できない。だから、海鮮丼を平らげるふたりを尻目に、玻璃くんは無言で野菜をしゃくしゃくやっている。わたしも、新潟が近づくにつれて、にわかに緊張してきたので言葉が減ってきた。春に別れて数ヶ月。佐藤さんのお母さんは、ちょっと変わってしまっただろうか。身体の具合がよくないって、どこが悪いのだろうか。お父さんは、お勤めにいっているのかなあ。

「シロちゃん、佐藤さんの奥さんによろしゅうなあ。」

「ほんま、ゆっくりしてき。ぼくら、夕方まで好きなことしてるから。」

 山田と田中くんが口々にいう。玻璃くんは、黙ってもぐもぐ。

「え、わたしだけ、佐藤さんとこいくの?」

「そらそうや。ぼくら、佐藤さんと面識ない……あ、玻璃くんは、さすがにあるか。」

「ぼくかて、向こうさんからしたら、ただの隣のウサギやがな。」

「さよか。」

 そういうわけで、新潟市近郊のマンションに住む佐藤さんのおうちには、わたしひとりでお邪魔することになった。わたしは、マンションのエレベータのボタンに手が届かないので、部屋の前までは山田が着いてきてくれた。

 春ぶりに会った佐藤さんのお母さんは、思ったよりずっと元気だった。会ってすぐ、あらしろ子ちゃん元気そう!と言われたのは、たぶんわたしの毛色が以前より灼けていたからだろうけど、このごろお父さんとお母さんがどんな風に暮らしているのかとか、今日は仕事に出ているお父さんもしろ子に会いたがっていたとか、いろいろお話しした。わたしも、京都に残って、いろんな人とお友達になって、お料理を覚えて、お掃除の方法も毎日研究していることなどお母さんに話した。もう途中で気持ちよくなって、すうっと眠ってしまって、お母さんがタオルを掛けてくれたところまでは覚えていたけど、次に目が覚めたときには、山田が迎えにきてくれていた。

 ほなこんどは京都に里帰りしたときにね、と佐藤さんのお母さんと約束をした。マンションのエレベータのところまで、お母さんはわたしたちを送りに出てくれたけど、京都の古い家で見慣れたお母さんと、新しいマンションの廊下で見るお母さんは、けっこう別人といっていい感じだった。お母さん、またすぐにね、といってわたしは別れた。

「佐藤さんの奥さんと別れるとき、シロ、ギャン泣きしたんちゃう?」

 車が動き出してしばらくしたころ、玻璃くんが言った。ギャン泣き、するかいな。

「いえいえ、礼儀正しくお別れされてましたよ。なあ、シロちゃん。」

 山田、ほんと紳士やわあ。往きはずっと山田が運転していたけど、帰りは田中くんがハンドルを握っている。田中くんは、ぼくも、この車で運転覚えたようなものよ、と言いながら宵闇の迫った国道を走らせている。

 帰りは、どこかのドライブインかなにかに寄るのかなあ、と昼寝をして妙に冴えた頭で考えた。佐藤さんのお母さんのおうちで、大好きなキャベツや小松菜をけっこうご馳走になったけど、ウサギはわりと早めにお腹がすく。次の食事の算段は付けて置くに越したことはない。

「ああ、シロちゃん、西瓜買いにいったとき、青菜ぎょうさん買ったよって、後ろから好きなのとって食べてえ。」

 と、山田。玻璃くんがゼスチュアで指した先には、段ボール箱に入った大きな西瓜が三つと、菜っ葉がぎっしり。「こんだけ大きな西瓜でも、あっちゃん、3秒で1個食べてまうやろけどな。」だって。