ぴょん記

きょうからしばらく雨降る日々

弁当を運ぶウサギと豆腐屋の息子

 水曜の正午前、家の固定電話が鳴る。あれ、なんやろかといいながら、おかあちゃんが受話器を取る。

「ああ、おかあちゃん、僕や。家帰ってお昼食べるつもりやったけど、午後イチでゼミあるみたいで、帰る暇があらへんのや。」「あらあ。」「お願い、シロに弁当もたせたって。レタスとキャベツと胡瓜でかまへんさかい。」「うんうん、そやったらおかあちゃんがもっていきましょ。」「ええっ、それは気の毒やって。あとで、僕、シロに駄賃ちゃんと呉れてやるよってに。おかあちゃん、いま外に出たら目ぇ舞うでぇ。真夏日やもん。ほな、北校舎の南門前に半ごろなあ。」電話は切れた。

 また玻璃くんが勝手なことを言いよってと思いながら、わたしは、さっと外出用の白いワンピースを着た。これを着ると、頭の白いウサギが白い服を着て立っているだけなので着衣か裸か紛らわしいと玻璃くんは遠慮会釈なくいうけれど、サトーのおかあさんがもたせてくれた洋服は、これを含めて3枚きりなのだ。大事に大事に着る。

 どないしようなあと口ずさむように繰り返しながら、おかあちゃんは冷蔵庫からレタスとキャベツと胡瓜と小松菜と菠薐草を出して、ざっと洗ってタッパーウェアにどんどん詰めていっている。玻璃くんのお弁当だ。きょうは午前中だけゼミがあるから、終わったらさっと帰ってきて、ごはん食べて、あとは川いって水遊びしようなぁと玻璃くんは朝のうちは言っていた。玻璃くんがいないと川へいくことができないアツミちゃんは、嬉しそうにぱおんと一鳴きして、午後からの体力消耗に備えて午前中はたっぷりとお昼寝をしている。お昼に起きて、家族の中で唯一の象使い有資格者の玻璃くんが帰っていないとわかったら、どんなにがっかりするだろうか。ぱおんぱおん嘆きながら、エクアドル産のたっかいバナナを貪り食う姿が今から目に浮かぶ。

「おかあちゃんスマートフォン、お借りします。」

 登録している山田の番号に電話をする。山田は、家業のお豆腐の配達の途中で、折りよくうちの近所にいた。玻璃くんが弁当を届けてほしがっているというと、ええよ、僕もっていったげるわと心やすく請け負ってくれた。

「暑いしなあ、おばちゃんは外に出らんに越したことないし、シロちゃんもあれやで、わざわざ出ることないで。僕が、いつもの北校舎南門前にぼけーっと立ってる玻璃くんに弁当箱叩きつけてボナペッティゆうたら済む話やもん。」

 山田は、玻璃くんの中学の同級生やけど、あの我が儘ウサギを見捨てることなく、そりゃたまには宿題やレポートやときには受験の手伝いなどさせて、ずっと仲良くしてくれている。もとは玻璃くんのうちの隣のうちのウサギやったわたしにも親切やし、やさしい。わたしが、人間やったら、惚れてたかな、どうかな。

「んー、でも、でも、邪魔やなかったら、助手席に乗せてって。」

「ええっ、それはええけど。」

 十分後、山田が弁当を取りに来て、おかあちゃんが堪忍ねえ堪忍やでえと言いながら、これとっといてとポチ袋を山田のポロシャツの胸ポケットに滑り込ませた。山田は二三遍辞退したけど、そこはおかあちゃんも後には引かへん。あの子、コンビニエンスストアの生野菜やったら4パックは平らげんとこのごろ身体が保たへんようになったから、ほんまお弁当もっていってくれるのは助かるのよ泰輔くんおおきに、という。

 わたしもいってきまーすと豆腐店ライトバンの助手席に飛び込むと、チャイルドシートを改良したわたし用の席が早くもセットされている。だってシロちゃんや玻璃くんが助手席に乗ってはるときに事故に遭うたら、ほんま危ないし、救急車で運ばれた先でも人間やのうてウサギやからERのスタッフ全員大混乱や、せやからシート用意しました、とはじめてこのライトバンに乗ったとき、山田はすらすらと言ったのだった。

 どお?ええ子でしょう。ただいま絶賛彼女募集中ですよ、山田泰輔21歳、彼はお買い得ですよ!!

 東大路を北上。よく晴れている。全開にした窓から飛び込むむわーっと膨れ上がった夏の空気が頬を撫ぜていく。あと十日もすると祇園さんが始まる。少しだけ、心が元気になる。

シロです。

 ヘッドは、つゆりらんさん作の「兎夢」です。