これといって卑劣な人間、猥雑な状況の出てこないものがたりで、それだけにお互いをいたわり合っているふたごの姉妹の間に流れる感情の陰影や、先の見えない鍛錬にいのちを燃やす調律師の努力が目にしみるほど生き生きと伝わってくる。
ピアノの中にある羊毛でできたフエルト、そして鋼線を調整して、弾き手の好みの音を提供するという調律師の営みが、ピアノを所有する個人、店、ピアノを学ぶ学生、プロのピアニスト、たくさんの聴衆の、弾く、聴かせる、聴くという人生の瞬間に繋がり、美しい時間が流れていく。
わたしがAppleMusicで聴く、たくさんのバッハの楽曲のそれぞれに、オルガンや、ハプシコード、そしてピアノを調律した技師の人たちの手業の痕跡が残っているのだと思うと、それも面白い。